3分の1で6回。

6分の1で3回。

合計9回の間、ふたつのルーレットがずーっと同じ数字になる確率ってどれくらいだろう。

計算機片手に計算してみる。

……。

…………。

……計算の仕方がわからなかった。

「お母さーんっ。3分の1で6回、6分の1で3回、ふたつのルーレットが合計9回の間、ずっと同じ数字になる確率って何パーセント?」

なんだか気になったので、一階のリビングに下りて聞いてみる。

「なにそれ? 入試の問題?」

「ううん、私とあいつが同じクラスになった確率」

正直に答えると、呆れ顔でため息をつかれた。

「そんなどうでもいいこと計算してどうすんのよ、あんたは」

「いや、別にどうもしないけど……なんか気になったから」

「んなこと気にしてる暇があるなら、模試のことでも気にしときなさい。来週なんでしょ?」

「そうだけど、一回気になりだすとぜんぜん集中できなくなるんだもん」

「しょうがないわねぇ……」

お母さんは戸棚の脇にあった計算機を取り出す。

「えーっと……」

計算機と向かい合った途端にその動きが止まった。

「……運命的な確率よ」

どうやら、お母さんにもわからないらしい。

夕方。

古河塾の教室で、早苗先生に同じことを訊いてみる。

「すごい低確率だとは思うんですけど、何パーセントになります?」

早苗先生はちらっと私の隣――あいつのほうに目を向けると、笑顔で淀みなく答える。

「運命的な確率ですねっ」

それは、お母さんとまったく同じ答えだった。

CLANNAD 10years after ~なっちゃん~

幼なじみの男女というものは、とかく複雑な関係になりやすい。

特に中学生――来年には高校生になるような年頃だと、どう接したらいいのかわからないようになると思う。

……少なくとも、私はそうだった。

私たちふたりの関係は、一言じゃ説明できない。

お互いに、決して嫌いじゃない。むしろ好きなのだろう。

向こうは『好き』を公言してはばからない。いつでもどこでも私に好意を向けてくる。

一方私は、その適度な距離感を無視した攻勢にうんざりしていた。

その好きという気持ちは……まぁ嬉しく思う。でも正直言って距離が近すぎる。

クラス中にいちいち私が好きだと言って回る必要もないし、用もないのに私について回る必要もない。

恋に恋する私にとって、あいつのデリカシー皆無な行動ひとつひとつがその妨げとなっていた。

学校でも塾でも夫婦扱い。幼なじみの男女がそうやって冷やかされるのはよくあることらしいけど、私たちの場合は冷やかされると片方が全力で喜ぶため、もう片方の私は強く否定もできずに曖昧な態度を取るしかなくなる。

そりゃあ出会ってからずっと同じクラスだし、下手すると家族よりも一緒にいる時間が長いかもしれない。ずっと一緒にいるんだから周りから夫婦扱いされても仕方ない、と私も最近は諦めかけている。

そもそも3クラスや6クラスで同じクラスになる確率はともかく、「い」がつく名字と「お」がつく名字の男女が隣同士の席になる確率はそんなに高くないはず。低学年の頃ははっきり覚えてないけど、9年間ずっと隣同士だったような気がする。途中で席替えをしてもまた隣同士だった、という記憶もある。

そんな偶然(お母さんや早苗先生は運命的と言うけど)が重なる確率って、一体どれくらい低確率になるんだろう。

「まず、3分の1でふたつとも一緒の数字になる確率は……えーっと……3分の1の3分の1だから……9分の1?」

指折り数えてみる。

「『1と1』、『1と2』、『1と3』、『2と1』、『2と2』、『2と3』、『3と1』、『3と2』、『3と3』……うん、9分の1だ」

左手を見つめて、首を傾げる。

「……あれ? なんかおかしいな」

「あんた、まだ言ってんの? このパンでも食べて落ち着きなさい」

「それ、早苗パンでしょ!」

早苗先生の焼いたパン、通称早苗パンを食べて落ち着けるわけがなかった。

「冗談よ。お風呂にでも入って落ち着いてきたら?」

「……うん、そうする」

結局、計算は途中放棄し、バスタオルを手に脱衣所へと向かった。

いつものように牛乳瓶を持ってバスルームに入る。

私専用の瓶置き場に牛乳瓶を置くと、かけ湯をしてから湯船に浸かった。

「ふぅっ……」

いい湯加減……。

それにしても、今日は一日中どーでもいいことを考えてただけだったな……。

お母さんや早苗先生にまで運命的とか言われちゃう、その起源。あいつとの出会いを思い返してみる。

それは幼稚園で同じクラスだったことがはじまりだった。ご近所さんだったこともあり、送り迎えでよく一緒になって、それで仲良くなったんだよね。

あれから、もうそろそろ十年になるんだ……。

長かったような気もするし、短かったような気もするなぁ。

うん、でも十年だもんね。長いよね、やっぱり。

お風呂の縁に頭をもたれかけながら、改めてそう思った。

「運命的、か……」

湯気が昇っていく天井を見ながら呟く。

あれが私の運命的な出会いなんだろうか。

ずっとそばにいたから恋をした、なんて。

それって運命的なんだろうか。

そもそも、運命的な確率ってどれくらい低確率なんだろう。

ここで新たな疑問が湧いてくる。

頭ごと横に目を向けると、持ち込んだ牛乳瓶が湯気に当てられて汗をかいていた。

***

「運命的な確率って、どれくらいだと思う?」

「いきなり何?」

「いや、ちょっと気になって」

翌日。

学校で友達に聞いてみた。

「うーん……よくわかんないけど、60億分の1くらいなんじゃないの?」

「億!?」

想定外に天文学的数字が飛び出してきて驚く。

「世界には60億の人間がいるわけじゃない? その中から出会うっていうんだからそれくらい低い確率でしょ」

「言われてみればそうか……」

「私たちがこのクラスで初めて出会った確率だって、それくらいじゃない」

「そ、そうなの?」

「人と人の出会いなんてそんなもんでしょ?」

考えてみれば、確かにそうだ。

あいつとの出会いだけが特別なわけじゃない。

渚お姉ちゃんや早苗先生、アッキーや立己くん、そして目の前の彩ちゃん……いろんな人たちと出会って、別れて、そして今、私はここにいる。

「……で? 結局なんの話なわけ?」

「いや、その……」

さまよう私の視線の先を追うように見ていた彩ちゃんが納得顔になる。

「ああ、旦那のことか」

「旦那とか言わないでよ……」

「なっちゃん呼んだ?」

「呼んでない」

うっかり視線が合うと、こうしてすぐ目の前にやってきてしまう。困ったものだ。

「夏海ちゃんが旦那との運命的な出会いを思い返していたところなのだよ」

「ちょ、ちょっとやめてよ~」

そんなこと言ったりしたら……

「運命的か……確かにそうだな。白馬に乗った俺が、悪者に囲まれたなっちゃんの前に颯爽と飛び出し……」

「過去を捏造するなっ」

ほら、やっぱり。

でも実は、白馬の王子様にはちょっと憧れてたりする。

「その運命的な出会いからずっと同じクラスらしいじゃない? まさに運命だよね~」

「でしょでしょ? きっと俺となっちゃんは運命の赤い糸で……」

また始まった。

私はひとり、大きくため息をついた。

「あ、そうだ。なっちゃんなっちゃん」

「なによ」

いちいち連呼するな。

「今までは確かに運命だったのかもしれないけどさ、次は自分の手で運命を掴み取ってみせるぜ!」

なんだか格好いいこと言ってるようにも聞こえるけど……

「自分の手で、ってどういうことよ」

「なっちゃんって、あの坂の上の高校狙いでしょ? 渚姉ちゃんが通ってたっていう」

「そうだけど」

「俺もそこ受けるわ」

唐突な宣言に、眉根を寄せる。

「大丈夫なの? 国語はあんまり良くないし、数学は壊滅的じゃない」

数学に関しては人のこと言えないけど。

「そこはまぁ、早苗先生とたっちゃん頼りで」

「そこまでしてあの高校に入ってどうするのよ」

「そりゃもちろん、なっちゃんと素敵なハイスクールライフを……」

「馬鹿っ!」

思わず怒鳴ってしまう。

いつもの調子で軽く言われてショックだった。

「そんなので……そんな理由で、自分の未来を簡単に決めちゃダメだよ……」

「……」

「……」

気まずい沈黙が流れる。

私が次の言葉を選びかねていると、いつもと違って真面目な口調で話し出した。

「……確かに俺、馬鹿だからさ……正直言うと自分の未来とか、まだよくわかんないんだ」

いつになく真面目な様子に、私は何も言えなかった。

「小さい頃はプロ野球選手になりたいなんて夢もあったけど、昔からずっと変わらない俺の夢はやっぱり、いつもなっちゃんのそばにいたい……ただそれだけだから」

「…………」

「自分の目指す未来がはっきりするまでは、なっちゃんのそばにいたいんだ。ダメ、かな……?」

「はるちゃん……」

冷静になって考えてみると、私も同じようなものだった。自分の未来なんて、まだ何も考えてない。

ただ渚お姉ちゃんに憧れて、お姉ちゃんと同じ高校に行こうとしているだけだ。人のこと、言えないよね。

なんだか急に恥ずかしくなってきて、うつむいてしまう。

でも自分が人の未来を変えてしまうなんて、重いよ。私は人の未来を背負って歩けるほど強くはないから。

「おおっ!」

「……え?」

いきなりいつもの軽い調子で大げさに声をあげたので、驚いて顔を上げる。

「なっちゃんが俺の名前呼んでくれたの、久しぶりだ」

「……あっ」

思わず両手で口を塞ぐ。無意識だった。

「コホン!」

隣からわざとらしい咳払いがして、彩ちゃんの存在を思い出す。

まずい、完っ璧に忘れてた。

「私はお邪魔のようだから、あとは若いふたりに任せて退散するわね」

「ああっ、ごめんね。行かないでっ!」

「すまん。完っ璧に忘れてたわ、おまえのこと」

「こら!」

また余計なことを言い出したので肘で小突く。

「さすがに長年連れ添った夫婦は違うわね~。完全にふたりの世界に入ってたし」

「入ってないっ、入ってないよっ」

「そんなにラブラブ時空? いや~、嬉しいなぁ」

「ラブじゃないから!」

「じゃあライク?」

「……うっ」

また返答に困るようなことを言い出す。わかってて意地悪してるんじゃなかろうか。

「百歩譲って、ライクで。百歩譲ってよ! 百歩よ百歩!」

「すげぇ念の押し方だなぁ。でもライク! なっちゃんライク俺! いやっほーーぅ!」

「わかったからっ、はしゃがないで!」

馬鹿が大声で騒ぐもんだから、いつの間にかクラス中の注目を集めていた。

「ひゅーひゅー、熱いねぇ、おふたりさん」

「夏にはまだ早いってのに、この教室なんか暑くない?」

「俺も彼女欲しいーーっ!」

「もう結婚しちゃえよ! くそぅ!」

いつものようにみんなから冷やかされる。

どんなに冷やかされても、私の顔は熱いままだった。

「そんなんじゃないってば~~」

「クラス公認の仲ってのもいいもんだね、なっちゃん」

「もうっ、ばかぁ!」

私たちは、まだまだ変わらない。

これからもきっと、すぐには変わらないだろう。

そんな、いつもの幼なじみふたりだった。

――終わり。

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感想などをお題箱で伝えてくれたら嬉しいです!

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後書き

CLANNAD10周年記念SS第9弾、なっちゃんアフターでした。

次世代CLANNADの主人公としてよく挙げられるのは汐ですが、その間隙を埋める存在として昔から妄想していたのが、本編CGでも登場している(と想像できる)なっちゃんです。

CLANNATSUがまだ完結していないので、CLANNATSUを読んでなくても楽しめるようにしたつもりです。例によって私的妄想部分が多々含まれてますが、楽しんでもらえたら嬉しい!