「冒険しようぜ!」
「しない。じゃあね」
……バタン。
ドアを閉められる。
「…………」
***
遡ること数時間前……
カビくさい体育倉庫の中。
万策尽きた俺と春原は、呪いの効果が切れるのを待っていた。
「……なあ春原、さっさとケツ出して脱出しようぜ」
「まぁそんなに焦るなよ。たかがおまじないなんだし、もうすぐだって」
「そのセリフもう3回目だからな。一時間くらい経ってるんじゃねぇか?」
入り口も窓も閉ざされた体育倉庫内は真っ暗だ。
外から聞こえていた運動部の声も今は聞こえない。入り口の隙間からわずかに差す光が、まだ日は沈んでいないことを示していた。
………………。
…………。
……。
「これ、マジで呪いだろ……。さっさと解呪しようぜ」
「まぁそんなに焦るなよ。たかがおまじないなんだし、もうすぐだって」
「次そのセリフ言ったらひん剥くからな」
………………。
…………。
……。
「……ひん剥く」
「なんでだよっ! セリフ言ってないでしょ!」
「真っ暗なんだからケツ出しても見えねぇよ。さっさと出せ」
「嫌だよっ。そんな恥ずかしい真似できるかっ」
「見えねぇって言ってるだろ。それに、こうなったのおまえのせいなんだぞ」
はぁ、とため息をついてその場に座り込む。
こんなことになるなら、ギザ10を春原なんかにやるんじゃなかった。
自分でやってたら、目の前にいるのはこんな馬鹿じゃなくて可愛い女の子だったのかもしれない……
「……って、何考えてんだ俺はぁぁっ!」
頭を抱えて転げ回る。
「埃が立つからあんまりバタバタすんなよ、岡崎」
「あああああっっ! なんでもいいからさっさと解呪しろぉ!」
「わ、わかったよ。でもその前にさ……」
暴れる俺を尻目に、春原は倉庫の隅にしゃがみ込んでいた。
脱出の糸口でも見つけたのだろうか。
「何かあるのか?」
わずかな光を頼りに春原のところに移動する。脱出を試みた結果である倒れまくった木材に足を取られながらも、なんとか辿り着くことができた。
「これ、見てみろよ」
春原が壁を指差す。
目を凝らしてよく見ると、壁に小さな丸いくぼみがあるように見えた。そのくぼみの中心に何かがある。
「なんだ……? ボタンか?」
「ああ……。その上に何か書いてるみたいなんだけど、字がかすれてて読めないんだ」
体育倉庫にボタン。
少なくともそのような装置が必要な場所ではないはずだ。
「なぁ岡崎、これ押してみていいか?」
「やめとけ。何が起こるかわからないぞ」
「扉が開くかもしれないじゃん」
「ボタン押して開閉する体育倉庫なんて聞いたことねぇよ」
扉を開けるなら春原がケツを出して解呪すればいい。
用途不明のボタンを押すほうがリスクが大きい。自爆ボタンだったりしたらシャレにならない。
……自分で言っててなんだが、それはないな。
「なんか気になるんだよ……。押してダメだったら解呪するからさ」
珍しく真剣な様子で春原が言う。
「盗賊の勘ってやつか?」
「ああ、そう……って誰が盗賊だよっ」
「まぁいきなり爆発することもあるかもしれんが、おまえなら大丈夫だろ。押してみ?」
「えっ? ……あ、ああ……」
そう言ってボタンに手を近づける春原。だがその手は暗闇でもわかるほど震えていた。
「で、ではボタンを押します……」
「おまえ、やっぱりヤスっぽいよな」
春原の震える指がボタンを押す。
その瞬間。
「どかーーーーーーん!」
「ひいいぃぃぃぃーーっ!」
「ってなことになったら面白いな」
「おもしろくねぇ! そんな爆発だったらあんたもこっぱみじんだよっ!」
「そうか……俺まで爆発したらつまらないな」
「僕ひとり爆発しろってか!」
「16連射に挑戦して、一秒間に16回爆発してくれ」
「するかっ!」
などとアホアホコントをしている間も、特に何か起こった様子はない。
「……何も起きないね」
「こりゃ、ケツ出し解呪確定だな」
「くそ……わかったよっ。ケツ出せばいいんだろっ!」
春原がズボンのベルトをカチャカチャと音立て始めたその時。
ドン、という音とともに地面が揺れた。
続いてゴゴゴゴ……と地響きのような音が聞こえてくる。
「な、なに!?」
「地震か!」
地面が揺れている。
だが俺も春原も倉庫の隅にいた上、倒れてくるようなものは周囲にない。というより障害物は脱出を試みた際、すでに転倒している。
そうやって周囲を見回している間に、揺れはすぐおさまった。
「岡崎っ、見ろよ、あれ!」
春原が指差す方向に目を向けると、倉庫の床がゆっくりとスライドしているのが見える。床の下から明かりが漏れているのか、その様子は俺たちにもはっきりと見えた。
驚きで固まっている間に、スライドが止まる。
床の下から現れたのは……
地下へと続く階段だった。
それを見た春原が、神妙な顔つきで話し始める。
「そういえば聞いたことあるよ……この学校の地下に巨大な迷宮があるって噂……」
#1「体育倉庫の秘密」
もう何段下りただろうか。
地下へと向かう長い、長い階段。
無限に続いているようにも思われた。先には暗闇しか見えてこない。
歩を進めながら、さっき春原から聞いた噂話を思い出していた。
「この学校ってさ、200メートルくらいの長い坂の上にあるじゃん」
「ああ」
誰が好んでこんな場所に学校を建てたのか。毎日通う者の身にもなってほしいくらいだ。
「昔ここは炭坑か何かだったらしいんだ。廃坑になった後は入り口も封鎖されたんだけど、誰かが秘密裏にその廃坑を利用していたらしい」
「廃坑なんて何に利用すんだよ」
「実験施設」
「何の実験だよ……」
「魔法」
「……帰る」
だが体育倉庫の入り口は閉ざされていた!
「迷宮の奥深くに異世界へと通じる扉があって、そこへ行けばどんな願いも叶うって言われてるんだ」
春原は最後にそう言った。
ゲームのやりすぎだ。いつもならそう一蹴していただろう。
だが、この現実を見てしまうと真偽を確かめたくなる。
こんなどうでもいいことでやる気になっている自分が不思議だった。
異世界なんてあるわけないけどな。
*
「なんか扉みたいなのが見える」
先頭を行く春原が呟くように言う。
階段を下り続けると、春原の言う扉が俺の目にも見えた。
近づくに連れ、はっきりと見えてくる。その扉は、まるでダンジョンRPGにでも出てきそうな西洋風の立派な扉だった。
「ここが迷宮の入り口ってわけか……腕が鳴るぜっ」
巨大な扉の前に辿り着くなり春原はそう言って、扉を蹴り開け中に踊り込……めなかった。
春原がその場にしゃがみ込む。
「いててっ。なんだよ、錆びてんのかっ?」
「鍵かかってんじゃねえの?」
ふたりで押したり引いたりしたものの、扉はびくともしない。
「わかったっ、呪文だ!」
「はぁ? 呪文?」
「ほら、あるじゃん。ひらけゴミ、とかさ」
「ゴマ、な。……まぁいいや。扉を開けるのは盗賊の役目だから任せた」
疲れた。春原の手を軽く叩いて階段に腰掛ける。
「へへ……任せてくれよ」
意気揚々と扉の前に立った春原は大きく息を吸い……
「ボンバヘッ!」
そう高らかに唱えた。
「……」
「……何も起きないな」
ツッコむ気にもならない。
……だが。
春原の言葉に反応したとは信じたくないが、どうも周囲の様子がおかしい。
そして、声がした。
地の底から響いてくるような、震え上がるほどの低音。
『……六つの光を集結させよ。さすれば扉は開かれん……』
まるで扉が喋っているような錯覚に陥る。いや、もしかしたら本当に扉が喋っているのかもしれない。
俺も春原も、その声を呆然と聞いていた。
「六つの光……」
しばらく放心していた俺たちだったが、やがてどちらともなく先ほど聞いた言葉を呟く。
「それってさ……六人パーティーじゃなきゃダメってことなんじゃない?」
「奇遇だな。俺もそう思った」
「やっぱダンジョンRPGは六人パーティーなのかねぇ」
「あと四人も集めなきゃいけないのか……もうやめようぜ」
「何言ってんだよ岡崎っ! どんな願いも叶うんだぜっ!?」
「その情報もあてにならねえだろ。それに願いとか言っても特に思いつかないしな」
願い。
自分が発した言葉に違和感があった。
俺は、何か願うことがあったのだろうか?
「そう言わずにさっ、手伝ってくれよっ」
「わかったから泣きついてくるなっ」
まあ暇つぶしにはいいだろ。ここ最近は資料室に入り浸ってばかりだったし。
長い階段を上がって体育倉庫に戻る。
もう一度ボタンを押してみると、階段は現れた時と同じように元の床へと戻っていった。
その様子をじっと見ていた春原が呟く。
「これってさ……よく考えたらすごい発見じゃない?」
「それはいいが、体育倉庫の扉はまだ開いてないな」
「……」
「解呪な」
ノロイナンテヘノヘノカッパ……ノロイナンテヘノヘノカッパ……ノロイナンテヘノヘノカッパ……
***
そんなわけで、俺たちはダンジョン探索のメンバーを集めることになった。
美佐枝さんなら戦力として申し分なかったんだが……
閉ざされたドアを見て春原がため息をつく。
「とりあえず今日は大冒険で疲れたからさ、冒険者の宿に戻ろうぜ」
そう割り切って自分の部屋に向かって歩き出す。
気分は冒険者か。形から入りたがる奴だからな。
「馬小屋で体力は回復しないからな」
そうツッコんで俺も後に続いた。
馬小屋に戻ると、例によって万年コタツの定位置につき、マンガ雑誌を手に取る。
「ふわあ~あ」
大あくびが出る。
明日からメンバー探しか。
今までの変わらない日々に変化があったのは良いことなのか悪いことなのか……。
正直言って気は進まないが、とにかく退屈だけはしなくて済みそうだ。
- 現在のパーティーメンバー
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- 岡崎朋也
- 春原陽平
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感想などをお題箱で伝えてくれたら嬉しいです!
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♪後書き
CLANNADの没企画「体育倉庫の地下に眠る巨大な迷宮を五人の仲間と共に探索するRPG」を自分なりに想像してSSっぽくしてみました。時間の都合で断念した企画みたいだから、移植の追加要素として期待しつつ妄想していたので……。
一応CLANNAD本編でほぼ全キャラと面識がある状態での有紀寧シナリオからの分岐、ということになってます。4月24日「春原にやる」が分岐フラグ……とか、なんでもゲーム風にしちゃうんだよね。
経験不足でいろいろと手探り状態ですが、楽しんでもらえれば幸いです。なんだかんだで結構長文になってしまいましたが、ここまで読んでくれてありがとうございました。