「RPGで仲間を集める場所って言ったらどこだと思う?」
翌日の昼。
ようやく登校してきた春原が、開口一番そう訊いてきた。
「さぁな。いろいろあるだろ、酒場とか……ってまさか」
「そう!」
「おまえの部屋か」
「違うね。そこは冒険者の宿」
そういや馬小屋だったな。
「ほら、あるだろ……飲み物が出て、落ち着ける場所」
「うーん……おまえの部屋?」
「さっき僕、違うって言いましたよねぇ……。それに飲み物なんて出ねえよっ!」
「お茶を出す小間使いがいたような気がするんだが」
「あんたの脳内にねっ!」
#2「仲間の集う場所」
「いらっしゃいませー」
いつもの笑顔で迎えてくれる宮沢。春原の設定では酒場の女主人ということらしい。
注文もしないのにすぐさまコーヒーが目の前に並べられ、いつものように談笑が始まる。
確かに春原の設定に違和感はまったくない。むしろはまり役だ。
「いやぁ、ここはやっぱり落ち着くねぇ。有紀寧ちゃんをパーティーメンバーに入れたいくらいだよ」
「入れればいいじゃん」
「でもさ、そうすると憩いの場がなくなっちゃうじゃない? 冒険には癒しがないとねっ」
よくわからんが、春原の中で宮沢はパーティーメンバーではないらしい。
「何の話ですか?」
「それがさ、聞いてよ」
かいつまんで昨日の出来事を宮沢に伝える。到底信じてもらえる話ではないと思うが。
…………。
……。
「それは大冒険でしたねっ」
「でしょ?」
忘れてた。宮沢はこういう奴だった。
「お手伝いしたいですけど、ここにいないといけないので」
「ああ、この前言ってた別の学校の友達か」
「はい。そういえば……」
ふと思い出したように宮沢が両手を合わせて言う。
「今日はお友達が来られる予定でした」
「えっ、今からっ?」
「はい。もうそろそろ来る時間ですね」
驚く春原とは対照的に、宮沢は腕時計を見ながらのんびりと言った。
「お友達って、有紀寧ちゃんみたいな可愛い女の子だよねっ」
「あ、いえ……」
「そうだ! 有紀寧ちゃんの友達をパーティーに入れようぜっ」
「会ったこともない奴を入れてどうするんだよ……」
「パーティーには花が必要なんだよ。野郎ばっかりだったら冒険もつまらないじゃん」
春原の私的冒険譚が再び始まろうとしていたが……
ガラリ!
突然、窓が大きな音を立てて開いた。
俺たちが驚いて目を向けると、窓枠に浅黒い手が引っかけられていた。
まさか……窓から来るのか!?
「ゆ、ゆきねぇ……ゆきねぇはっ……いるかっ」
野太い声と共に、いかつい男の顔が窓から現れる。
「ひぃっ!」
「いらっしゃいましたね」
「男なんすけどっ」
「はい」
男は体を窓枠の上まで持ち上げると、床に向けて一気に体を投げ出した。
そこから動くことなく、荒い息を吐き続けている。
「なんか怪我してるみたいなんすけど……」
「う……ごぶっ……!」
「なんか血吐いてますけどっ!」
「まず、病院に行きましょう」
まったく怯むことなしに、宮沢はしゃがみ込んで横たわる男に話しかける。
「いや、その前に話を聞いてくれ……」
「わがまま言ってはダメですよ」
「少しだけだ……」
「では……少しだけ」
「ふぅ……」
男は必死に上体を起こし、壁に背をもたれさせた。
「もう……俺には居場所がなくなっちまった……。帰る場所がないんだ……」
そして目を閉じ、ぐったりとした様子で語り始める。
「簡単なもんだな……友を失うなんてよ……」
男が話している間にも、宮沢は血が滲んだ男の頭に応急手当を施していく。
「なぁ……ここ、学校の資料室だよな……」
「仲間を集める酒場じゃなかったのか?」
「あ、ああ……そうだったね……」
「パーティーに入れるんだろ? 頼りになりそうだぞ」
「う、うん……。でもさ、怪我してる人をパーティーに入れるのはまずいと思うんだよね……」
手伝うこともできずに呆然とする俺たちをよそに、宮沢は男を元気づけていた。
「サンキュな、ゆきねぇ……」
男が立ち上がる。宮沢はそれを体で支えた。
「わたし、送ってきますね」
「いや、だったら俺も手伝うけど」
宮沢ひとりでこの男を支えるのは大変だろう。
俺が宮沢に代わって肩を貸そうとすると……
「触るんじゃねぇっ! このガキがぁーーっ!」
「ひぃっ」
男が怒声をあげた。ついでに春原が断末魔をあげた。
「断末魔ってなんだよっ」
「モノローグにツッコミ入れるなよ」
「すみません。ここはわたしに任せてください」
結局、宮沢がひとりで男を支えて資料室を出ていった。
「…………」
春原とふたり、その場に立ちすくんだまま、しばし呆然となる。
「……本当に冒険者の集う酒場といった感じだったな」
「それどころじゃねえよっ! 憩いの場がないと冒険なんて続けられないだろっ」
俺にはよくわからないが、春原の中ではそういうことらしい。
「続けるも何も……まだ始めてすらいないだろ」
「こうなりゃパーティーメンバーは女ばっかりにしようぜっ。そうすればハーレム気分を味わえるしねっ」
「女の知り合いなんてほとんどいないだろ」
「それ以前に知り合い自体がほとんどいないよね……」
「おまえと一緒にするな」
不毛なやり取りにだんだん嫌気が差してきた。
こんな調子で本当にあと四人も集まるのだろうか?
「とにかく、ここで仲間を集めるんだろ。早く集めてくれ」
「どうやって」
「おまえが言い出したんだろ。冒険者を集める酒場とかなんとか」
「いや、ここは冒険者が集まって情報を交換したり、主人と飲みながら歓談して冒険の疲れを癒す場所だよ」
こいつの脳内設定に付き合うのもいい加減飽きてきた。
俺は椅子に手をかけると、足をだらしなく伸ばして座り込んだ。
「おまえに期待した俺が馬鹿だったな……」
「どう転ぼうが馬鹿だけどねっ」
「俺は馬鹿だがおまえはパッパラパーだ」
「なんでだよっ!」
*
「有紀寧ちゃん、遅いねぇ」
頬杖をついた春原が気だるそうに呟く。
男を保健室に連れていった宮沢はなかなか帰ってこなかった。
明らかに部外者である男を保健室に連れていって大丈夫なのだろうか?
「保健の千石は口うるさいからなぁ。あんなの連れてって大丈夫なのかねぇ」
俺と似たようなことを考えていたのか、ふたりが出ていったドアをぼんやりと眺めながら春原が言った。
「そんなにうるさい奴なのか?」
「ああ。保健室のベッド勝手に使うな、ってさ」
「状況はわからんが、たぶんそれはおまえが悪い」
「保健室のベッドは寝心地最高だからねっ」
そういえば……病院に行きましょう、とか言っていたな。病院に直接連れていったのだろうか?
しかし、この町に大きい病院は存在しない。隣町まで行かなければならない。
さすがに華奢な体であの男を隣町まで運ぶのは無理だろう。
………。
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。
それとほぼ同時に入り口が開いた。宮沢が帰ってきたようだ。
「お待たせしてしまって……ただいま帰りました」
「おかえりっ、有紀寧ちゃん」
「おつかれさん」
宮沢が帰ってきただけで、資料室の空気が華やいだものに変わる。
癒しとか花とか言ってる春原の気持ちもわからなくはなかった。
「それで、ツッコミどころ多くて困ってるんだが……」
「有紀寧ちゃん!」
さっきの男のことで言及しようとした俺を遮るように、春原が宮沢に詰め寄る。
「はい?」
「有紀寧ちゃんは僕たち冒険者を癒してくれる存在でいてくれるよねっ?」
またわけのわからんことを……。
春原の突然の妄言に宮沢は少し戸惑った様子を見せたが、すぐにいつもの笑顔になった。
「はい。わたしでよければ」
「ふぅ……これで心置きなくパーティーメンバーを探すことができるよ」
春原は俺が理解の及ばぬところで納得したようだ。安心したように椅子に座り込む。
さっきの男が何者なのか気になったが、タイミングも失ってしまったし、あまり個人的なことに首を突っ込むのもためらわれた。
宮沢にもいろいろあるのだろう……そう自分を納得させることにした。
どちらにせよ予鈴もさっき鳴ったし、もう昼休みは終わりだ。
「続きは放課後にしようぜ」
そう提案する。
俺たちはともかく、宮沢が次の授業に遅れるわけにはいかないだろう。
「じゃあ、わたしは教室に戻りますね。おふたりも急いだほうがいいですよ」
ニコリと微笑んで宮沢が退室する。
…………。
宮沢がいない。たったそれだけのことで、資料室の空気がまた気だるいものに戻ってしまった。
春原とふたり、こうして顔を合わせていてもどうしようもない。俺は無言で椅子を引いて立ち上がる。
続いて、春原も重い腰を上げた。
「僕たちも戻るか……」
「ああ、そうだな」
結局何の収穫もないまま、五時間目の始まりを告げる本鈴が鳴る。
その頃にはもう誰もいない廊下を、俺たちは教室へ向かって悠長に歩き出した。
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♪後書き
え~、そんなわけで#1から二ヶ月以上経ってしまいましたが、ようやく#2です。後先考えずに見切り発車するとこうなるという悪い例ですねぇ。
とりあえず今回で有紀寧シナリオから外れた、ということで。
パーティーメンバーは未だに四苦八苦しています。実際に原作の選択肢とあてはめて考えているので、なかなか条件が厳しい。4月18日「図書室」と「空き教室」の二択になってしまうのが痛い。
そういうところをもっとアバウトにできたらいいんだけど、自分が納得しないんだよね。
キャラやセリフの描写は、人それぞれに原作から受けたキャラのイメージというものがあるだろうし、それに表現力や技量の不足が加わってしまう。後者はともかく前者はどうしようもないので、せめて原作との時系列合わせくらいはしっかりしたいなぁ、と。
基本的にデータを取るのが好きなので、厳しい条件をかいくぐってうまくイベント妄想できたら至福です。