驚く古河の視線の先にあったもの。

揺らめくたいまつの炎に照らし出されたのは……青色の丸い物体だった。

「おっ、ついにモンスターのお出ましか。腕が鳴るぜっ」

「ま、待ってくださいっ」

たいまつを左手に持ち替え、懐からヒトデを取り出した春原を意外にも古河が制する。

「あれは……だんご大家族ですっ!」

「……は?」

「だんご?」

「はいっ」

胸の前で拳をぐっと握って、古河は疑問の声に頷いてみせた。

Clannadry -クラナードリィ-

#13「Dungeons&Dumplings」

「これです」

続いて古河は、懐から折りたたまれた紙を取り出して広げてみせる。

目を凝らして覗き込むと、そこには色とりどりの丸い物体がひしめくように描かれていた。

確かに目の前の青い球体と似ていると言えなくもない。というか……

「おまえ、これ、部員募集のビラじゃないか」

「はい、そうですけど……ダメでしたか?」

「いや、ダメとは言ってない。しかしこれじゃ文字が見えないだろ……」

「あ、本当です」

「だんご大家族って、何年か前までやたらと流行ってた歌のこと?」

丸い物体とビラの絵を見比べていた杏が口を挟む。

「はいっ、日本人なら誰でも知っている国民的人気キャラクターのだんご大家族ですっ」

「ええぇっ? そりゃ紅白に出場するとか言ってた時期もあったような気がするけど……結局一発屋で終わったんじゃないの?」

「一時期は便乗グッズも大量にあったけど、最近は見かけないしな」

「でも、みなさん知ってました」

そう言ってメンバー全員の顔を窺う。

確かに知らない者はいないだろう。もしいたとしたら、そいつはテレビというものとまったく縁のない浮世離れした奴だ。

「日本人なら誰でも知っている、ってことだけは間違いないわね」

「国民的人気キャラクターかどうかは疑問だけどな」

「ああ……本物のだんご大家族が見られるなんて……」

よほどだんご大家族が気に入っているらしい。古河は感動からか、浮き足立っている。

「ぬいぐるみじゃねぇの?」

「でも、動いてます。すごく可愛いですっ」

可愛い……か? 古河の嗜好の基準がよくわからない。

「なんか知らないけどスライムみたいなもんでしょ? 雑魚じゃん」

「てめぇ……スライムを甘く見んじゃねぇよ」

じっと黙って丸い物体を睨んでいたオッサンが、神妙な顔つきで春原に向けて押し殺した声を出す。

「有名RPGがこぞって弱く設定したおかげで雑魚のイメージがついちまったがな……スライムほど恐ろしいモンスターはいねぇんだぜ……」

言いながら春原に顔を寄せ、凄んでみせる。

「斬っても叩いても突いても射っても効果はねぇ。その間に取りつかれでもしたら最後、自力で脱出は不可能。骨までじわじわと溶かされ、消化されるだけだ」

「そ、そんな恐ろしいモンスターだったんすか……。一体どうすれば……」

「効くとしたら火だけだ。燃やして葬っちまうしかねぇ……」

「火っすね! たいまつ持ってきて良かったっす」

「燃やしたらダメですっ! それに、だんご大家族はそんなことしないですっ!」

「あ、ああ……」

「う、うん。しないしない」

いつも控えめな古河がここまで断言するとは……。だんご大家族への思い入れは並々ならないようだ。オッサンも春原も、そのわけのわからない迫力に気圧されている。

「あの……もういないです」

「えっ」

古河の背後に身を隠していた風子が恐る恐る顔を覗かせて言う。振り返ると、さっきまでいたはずの球体の姿がどこにもなかった。どうやらこちらが騒いでいる間にどこかへ行ってしまったようだ。

「ああ……本当です。どこかに行ってしまいました……。一度だけでも触ってみたかったです……」

「溶けるぞ」

「溶けないですっ」

こんな場所でじっとしていても仕方ない。よくわからないものに翻弄されてしまったが、とにかく地下二階の探索を始めることにした。

「あそこから通路に出られそうだ。進むしかねぇな」

オッサンが指差す方向に扉のようなものが崩れ落ちていて、その向こうには通路が続いているようだった。

他に部屋から出る道は見当たらない。この暗がりで周囲の様子は鮮明でないが、かなり老朽化が進んでいるのか、上の階に比べると壁も床もボロかった。

慎重に周囲の様子を探りながら、俺たちは部屋の外へと足を向けた。

朽ち果て、床に倒れ伏した扉を踏みしめて部屋を出たところで、すぐに立ち止まってしまう。

「二手に分かれてるわね」

「どっちに行くんだ?」

「まぁそう焦るなって」

左右に分かれた通路を前に、春原はたいまつを左手に持ったままで右手をズボンのポケットに突っ込む。

「まずはこれ」

そこから取り出したのは、手のひらに収まるほどの大きさの丸いもの……方位磁石だった。

「これで方角を確認する」

「あんた、こういうどうでもいいことだけはマメねぇ……」

「何言ってんだよ。僕は結構マメなほうだっての」

「身体的にもいろいろと豆だな」

「どういう意味だよっ!」

方位磁石は俺たちの向いている方角を北と指した。この分かれ道を東に行くか西に行くか……ということだ。

少しの間、黙って考え込んでいた春原が決断する。

「東に行く」

「根拠は?」

「勘」

「風子は西がいいと思います」

「根拠は?」

「なんとなくです」

要はふたりともこれといった根拠はない、ということだ。

「それに、こうやって壁に右手を当てて進んでいけば迷うこともないでしょ」

「ダンジョン右手の法則か。えらく古典的な方法だな」

またしてもオッサンの口からダンジョン専門用語が飛び出したが、俺にもだいたい意味はわかった。ただ、その方法は出口を探すのに使うんじゃなかったか?

「左手の法則はないんですか」

「ないね」

「そうですか。だったら仕方ありません」

それらしい根拠を後出しした春原に、風子は簡単に納得して自分の意見を引っ込めた。

右側の壁に沿って進んだ結果、行き止まりの部屋に辿り着く。一度だけ左側に狭い通路が見えたが、それ以外はずっと一本道だった。

「ここ、最初に下りてきた部屋だよね」

「ロープも見えるし、間違いないわね」

「一周してきたのか。案外狭かったな」

再び出発点に戻ってきてしまったようだ。行き止まりの部屋に背を向け、通路へ出る。

「分かれ道はひとつしかなかったよね? もう一度、そこに行ってみようぜ」

部屋を出て、さっきまで歩いてきた西の方角に足を向けたところで、古河が声をあげた。

「あっ! だんご大家族がいますっ」

「えっ、どこどこ?」

春原が古河の指差す方向にたいまつをかざすと、赤色の丸い物体が映し出された。

「今度は赤いぞ」

「スライムベスかな?」

「だんご大家族はたくさんいますから、いろんな色のだんごがいても不思議ではないです」

「不思議すぎるだろ、それ」

「風子、わかりました!」

熱弁する古河の後ろから風子が顔だけ出して挙手する。

「さっきは青で進みました。今度は赤なので、『止まれ』という意味だと思います」

「信号機じゃないんだからさ……」

「あっ、行ってしまいます」

古河の声に視線を戻すと、赤いだんごは通路の奥に向かって転がっていった。

「マジで動き回ってるぞ。こえぇ……」

「おむすびころりんみたいです。最後には風子も転がってしまうんでしょうか」

「ああぁ……わたしの想像していた歩き方と違います……」

古河が落胆した声を出す。確かに転がって移動するのは不気味だが、一体どんな動きを想像していたのか。

「でも可愛いですっ」

「可愛いのかよっ!」

だんごの後を追って西側の通路を進んでみたが、その姿は見当たらなかった。

さっき春原が言った分岐点まで戻ってくる。今度はもう一方の幅の狭い通路を進んでみることにした。

これまでは春原が提案した六人パーティーの理想的なフォーメーション――前衛男三人と後衛女三人の縦二列――で進んでいたが、これだけ狭いと一列で進むほかない。春原を先頭に、俺、杏、古河、風子……しんがりをオッサンが務めている。

「視界が悪いわねぇ。前が見えないわよ……」

「俺も見えないぞ」

「狭いんだからしょうがないだろ。何かあったら僕がなんとかしてやるって」

「それが一番の不安要素なのよね……」

「盾だと思えばいい」

「そうね。何かあったら陽平もろとも攻撃するわ」

「あんたらひどいっすね!」

文句を言いながらも、しばらく進む。

「あ、ちょっと明るくなったわね」

「明るい場所に近づいてるんでしょうか」

「風子、別に怖くはないですけど、早く明るい場所に行きましょう」

「いや……」

先頭の春原に目をやる。明るくなっている原因はすぐにわかった。

「おまえ、炎上してるぞ」

「ああ、そりゃエンジョウしてるさ。ハラハラドキドキの冒険の真っ最中だからねっ」

たいまつを手に持ったまま振り返った春原の姿に、一同絶句する。しかし……まだ間違えてるのか、こいつは。

「違う……」

「髪に引火してるのよ」

俺の言葉を継いで、杏が至って冷静に言う。

「へっ? って、ぎゃああああーーーーっ!」

ようやく炎上に気づいた春原がその場でのたうち回る。

「髪の毛がっ、髪の毛が燃えているぅぅーーーーっ!」

「春原さんっ」

「よし、すぐに消火してやるぞっ」

風子に飲ませた後、ポケットに入れっぱなしだった紙パックのジュースを手早く取り出し、勢いよくパックを押しつぶした。

ぶしゅ、という変な空気音がして、燃える髪に向けてストローからジュースが飛び出す。

……。

少し火の勢いが弱まった……ような気がする。

「逃げるために適当な嘘ついたのかと思ってたんだけど、ほんとだったのね……」

なぜか杏が呑気に感心していた。

たぶん昨日のことなんだろうが……正直言うと適当な嘘だ。本当に消火することになって俺も驚いている。

「そんなので消えるわけないでしょ!」

ツッコミが来た。さすがにいつもより反応が鈍い。

「てめぇら、伏せろ!」

「へっ?」

オッサンの鋭い声が空を裂き、思わず全員がその場に屈み込んだ。いや、春原以外の全員が、の間違いか。

直後、頭上を霧状のものが勢いよく通り過ぎていった。シュウウウッ!とスプレーを噴射するような音を立てて、春原の姿が霧に覆われるように見えなくなっていく。

どうやらそれで春原の炎上は収まったようだが、たいまつの火も消えてしまった。

唯一の灯りが急に消えたため、闇に慣れていない目では周囲の様子がわからない。ただ、春原のいた場所にもくもくと煙のようなものが立ちこめているようだ。

異臭が鼻につく。これは春原の髪が焼け焦げた匂いだろうか。

「んーっ、何も見えないですっ」

「落ち着いてください、ふぅちゃんっ」

「今、ライターをつける。動き回るなよ」

ゴト、と何かを置く音がして、落ち着き払ったオッサンの声がする。間もなくライターの小さな火が灯った。

「一体どうなったんだ?」

「これを使った」

ライターの灯りを地に近づける。目を細めて凝視すると、それが何かはすぐにわかった。杏もわかったようで、その名を口に出す。

「消火器?」

「ああ」

「そんなもん、どこから持ってきたんだ……」

俺の疑問にオッサンが親指で壁を指す。よく見ると、狭い通路の壁に見覚えのある赤いものが埋め込まれていた。

「……なんでこんなところに消火栓があるんだ?」

「さぁな、俺にもわからん」

「風子、非常ベルのボタンは押してないです」

ふと、思い出す。昨日も妙なところで消火器を見た。

そう、確か智代が持ち上げていた。体育倉庫のボタンが隠された壁の傍らにも、消火器があった。

芽衣ちゃんがここを「避難経路」と言ったが、あながち間違ってはいないのかもしれない。

「あの……それより春原さんは大丈夫なんでしょうか」

「ああ。昨日も言ったが、あいつは殺しても死なないからな」

「あたしも陽平が死んでるとこなんて一度も見たことないわ」

「一度でも見たことあったら大変ですよねっ!」

異臭と共に春原が復活する。

「異臭とか言うなっ」

「焦げくさいわねぇ……。安物の染髪料使ってるんじゃないの?」

「んなことねぇよっ。バリバリ流行最先端の高級なやつだっての。岡崎が変なもの頭にかけたせいだろっ」

「変なものじゃない、フルーツジュースだ」

すっと影が動く。ライターの火ではあまり見えないが、古河が杏の後ろから顔を覗かせているようだ。

「大丈夫ですか? 春原さん」

「はは、ちょっと髪が焦げたけど大丈夫さっ」

「火傷してたら大変です。帰ったら保健室に行きましょう」

「い、いや、できれば保健室は遠慮したいな……」

この反応だけで、昨日宮沢に保健室へ連れて行かれた後、何が起こったのか想像がつくというものだ。

「って、そういや岡崎っ、てめぇ、バッドラックってなんだよっ!」

「すげぇ時間差ツッコミだな」

「……で、これからどうすんの? こんな状態じゃ先に進めないじゃない」

「やべ……もう一回たいまつに火ぃつくかな」

「しけってるんじゃねぇの?」

「光が見えます」

話を遮るように発した風子の声に顔を上げる。後ろにいる風子が指差しているのか、ライターのわずかな灯りに映し出された小さな影が揺らめいていた。

……確かに。今まではたいまつの炎があって気づかなかったが、どこからか光がうっすらと漏れている。そこに向かって進んでいけば、なんとか明るい場所に出られそうだ。

壁に手を当てながら慎重に進む。こうなっては通路が狭いのが幸いした。

だんだんと暗闇に目が慣れてきたのか、光に近づいて明るくなってきているからかはわからないが、少しずつ周囲の状況が目で把握できるようになってくる。

狭い一本道の突き当たりには、上り階段があった。そして光は、階段の上から漏れていた。

「上の階の明かりがここまで届いてるんだな」

「とにかく登ってみましょ」

足元に気をつけながら階段を登る。

「なんだよ……行き止まりじゃん」

先頭を行く春原の足が止まり、落胆の声があがる。どうやら上の階に辿り着いたようだ。

春原に続いて全員が階段を登り切る。

ようやく通路が広くなった。入り口周辺と同じ地下一階なだけあって周りは明るいが、四方を壁に囲まれている。

「うわぁ……」

明るい場所に出たことで、目の前に立つ男の異変を改めて目の当たりにした。

巻いていた包帯は焼け落ちてしまったのか、見当たらない。髪の毛も黒焦げ、という表現がぴったりなくらいに黄色かった頭が黒く焼け焦げてしまっている。

「こりゃひどいわね……」

他のメンバーも惨状に気づいたようで、皆一様に視線を春原の頭部へと向けていた。

「春原さん、本当に大丈夫なんですか?」

「へっ? 何の話?」

「髪です。ほとんど焦げちゃってます」

「自分じゃ、あんまりわかんないんだけどさ……そんなにひどいの?」

「はい」

「そんなあっさりと肯定されちゃったら、後で鏡見るのが怖いんですけど……」

「あたし、鏡持ってるけど……見せてあげよっか?」

意地悪な笑みを浮かべた杏が、内ポケットから薄ピンク色のエチケットブラシを取り出す。

「……やめときます」

「派手に燃えてたからな。あれは包帯に燃え移ったせいだろ」

「でも燃えている間はスーパーサイヤ人みたいでした。風子、粉々になってしまうかと思いました」

「いや、わけわかんないんだけど」

相変わらず古河の後ろに隠れて顔だけを出していた風子が、あ、と小さく声をあげて前に出る。

「風子、気配を感じました」

「なんだそりゃ?」

「この壁の向こうに空間があります」

正面の壁を指差す。見たところ普通の壁で特に変わった様子はないが……。

「空間……壁の向こうに部屋があるのか?」

「シークレットドアがあるかもしれねぇな」

「隠し扉っすね」

全員で正面の壁を調べると、壁と床の間にわずかな隙間があることがわかった。

しゃがみ込んで隙間を覗いてみたが、壁の向こう側まで隙間があるわけではないらしく何も見えない。

「指くらいなら差し込めそうだけど……」

「全員で壁を持ち上げるのか?」

冗談半分で両手を差し込んで力を入れていると、不意に指先の感覚がなくなった。

見ると、石を引きずるような音を立てて、目の前の壁がまるでシャッターのように開いていく。

「岡崎、すげぇじゃん!」

「いや、俺じゃない。勝手に開いてるんだ」

俺は両手をぶらつかせながら、壁が上がっていく様子を呆然と眺めていた。

「ここは……」

「入り口だね」

壁の向こうにあったのは……見覚えのある巨大な穴、それに向かって下ろされたロープ。そして、開かれた巨大な扉。

そこは昨日、春原がボタンを押して罠にハマった場所だった。この階段は、矢が飛んできた壁の裏側に繋がっていたのだ。

「これでわざわざロープを使って下りなくてもよくなったな」

「でもさ、結構地下二階を回ったけど下り階段は見当たらなかったよね? 他にも隠し扉があんのかな」

「暗かったし、見落としてるかもしれないな」

「そもそも、下り階段があるって保証はあんの?」

杏がこれまた至極当然の疑問を口にする。

「そりゃないけどさ……地下二階で終わりのダンジョンなんておもしろくないじゃん。普通、十階くらいはあるでしょ」

「あんたの"普通"が何を指してるのか知らないけど……本当に願いが叶うんだったら、そう簡単にはいかないでしょうね」

「おにいちゃーんっ! 帰ったのーっ?」

扉の外から芽衣ちゃんの声が聞こえてきた。

地下二階を回っている間に結構時間が経過しているはずだ。これ以上、芽衣ちゃんをひとりで待たせておくわけにはいかないだろう。

「今日の冒険はこれまでだな」

「えぇ? なんでだよ……」

「おまえな……」

兄である当人が一番不満そうだ。芽衣ちゃんの苦労がよくわかった。

「芽衣ちゃんをいつまでもひとりで待たせとくわけにはいかないでしょ?」

「それに、春原さんは保健室に行かないと……」

不満顔だったが、杏と古河に押されては春原も首を縦に振るしかなかった。

「おにいちゃん!? どうしたのその頭っ!」

焼け野原となった春原の頭を見て、芽衣ちゃんが目を丸くする。

「こ、これは名誉の負傷ってやつで……」

「次こそは名誉の戦死だな。二階級特進目指して頑張れ」

「んなもん目指さねぇよっ」

「たいまつの火が燃え移っちゃったのよ」

たとたとっ、と靴音を立てて、芽衣ちゃんが開いた扉のすぐそばまで駆け寄ってくる。

「大丈夫?」

「ああ、なんともないさ」

兄の強がりに似た言葉にも芽衣ちゃんは安心したようで、ふぅ、と安堵の息をついた。

穴の中に垂らしていたロープを回収して扉をくぐる。全員が扉を出たところで、昨日と同じように扉が大きな音を立てて閉じていった。

「なんか、今日一日で信じられないことばっかり起こったせいで、扉が勝手に閉まったくらいじゃ驚かなくなってるわ。慣れって怖いわねぇ」

「言われてみれば確かにそうだな」

「それだけ冒険者としてのレベルが上がってるってことさっ」

今日はダンジョン内で初めて、生き物らしきものに出会った。"普通"ではない、わけのわからないものだ。

それを言い出したら、この迷宮そのものが"普通"ではない。

だが、常識というものからどれだけ逸脱していようとも、自分の目で見たものを否定することはできなかった。

「……」

体育倉庫に続く階段を数歩登ったところで一度振り返る。巨大な扉は固く閉ざされ、沈黙を続けている。

気づくと、後ろにいた風子も俺と同じように振り返って扉を見つめていた。

「どうした?」

「……いえ」

俺の問いかけに少し遅れて反応し、風子がこちらを振り返る。

「今日は楽しかったです」

風子の自然な笑顔を初めて見た気がした。

Clannadry#14に続く。