ぎぎぎ……。

瓦礫をすり合わせたような嫌な音を立てながら、巨大な扉が開いていく。

「うおっ、マジで開いたよ……」

「なんていい加減な扉なんだ……」

春原も智代も、その場にいる全員が驚きを隠せない。

「六つの光じゃなかったのかよ……俺たち五人だぜ」

「そう、五人だったよね。ええっと……ひぃふぅみぃ……」

春原が指折りながら数えていく。

「11人いる!」

「どこをどう数えたら11人もいんだよ……」

「えぇ? 僕と岡崎と……智代。あとは……」

今度はひとりずつ、指差しながら数えていく。

「古河、だったよね?」

「はい、古河渚です」

「うんうん、可愛いねぇ」

なんかムカつく。

「そっちは、えーっと……風子、だっけ?」

「はい」

「……で、斉藤、と」

「春原さん、斉藤さんはここにはいません」

「そうです。ベンジャミン伊東さんは海に帰りました」

「誰だよ……つーか帰ったの海じゃないだろ」

「! 気をつけろ! 誰か来るぞっ!」

智代の鋭い声が響くと同時に。

ゴロゴロゴロゴローーーーッ!

階段の方向から、人らしき物体がこちらに向かって信じられない速さで転がってくる。

「ホーールドアップ!」

グラサンをした見知らぬ男が、銃口をこちらに向けて立っていた。

俺たちは驚きのあまり、一歩も動けない。

いち早く男の存在に気づいた智代ですら、反応できないほどのスピードだった。

「ひぃっ!」

春原が反射的に両手を上に持っていく。

あの銃……まさかホンモノなのか!?

古河と風子を背にした位置までじりじりと移動していた智代は、男の一瞬の隙をついて一気に間合いを詰め……ようとした。

「おっと、動くなと言ったろ」

「くっ……」

智代の瞬発力が発揮されるよりも一瞬早く、男は智代に銃を突きつけていた。

銃を持っているとはいえ、あの智代の動きを見切るとは……只者ではない。俺や春原が一緒になって跳びかかったところで、どうにかなる相手ではなさそうだった。

「ん……?」

何かに気づいたのか、男がグラサンを少しずらして俺たちの顔を見回す。

「ちっ、なんだ素人か……」

さっきまでグラサン越しでもわかるほどの射抜くような眼光を放っていた男の表情が若干緩み、ゆっくりと銃口が下ろされた。

緊迫した空気が薄れ、心の底からほっとする。

「脅かしてすまなかった」

男は銃を収めると、俺たちに背を向けて階段を登っていった。

俺たちは一歩も動けないまま、呆然と男を見送る。

一体なんだったんだ、あの男は……。

「……って、渚じゃねぇかぁぁーーっ!」

「ひぃっ、戻ってきた!」

すぐに男が大声をあげながら、すごいスピードで階段を駆け下りてきた。

驚きのあまり春原は悲鳴と両手をあげ、風子はぴゅーっと古河の背中に隠れてしまう。

そして、その名を呼ばれた当人である古河は……

「はい?」

頭に疑問符を浮かべていた。

Clannadry -クラナードリィ-

#7「Beginning」

この長身の男は古河の知り合いだろうか。

一見若そうにも見えるが、さっきまでの言動や顔つきからしても柄が悪そうなオッサンだ。更正しそこなったまま大人になった不良、といった感じか。服装からして学校の関係者ではないだろう。

そもそも、どうしてこの男はここにいるのだろうか。体育倉庫の扉は中から閉めてはいたが、さすがに鍵は閉められないので外から開けることはできる。階段の上には一応マットを被せていたが……見つけられないこともない。

疑問は尽きないが、男は扉を開け、マットをどけてここまで下りてきた。それだけは事実だ。

「あの……どこかでお会いしましたか?」

不思議そうな顔で聞き返す古河の言葉に、男はしまった、とでも言うように手で口を塞ぎ、くるりと後ろを向く。

そのまま何度か咳払いすると、さっきまでとは明らかに違う声のトーンで口を開いた。

「……いや、人違いだった」

「でも、渚って呼ばれました。わたし、古河渚です」

「聞き違いだろ。ウナギパンって言ったんだ」

男は後ろを向いたまま、古河と顔を合わせようとしない。

「そうは聞こえませんでしたけど……」

「んなこたぁねえよ。ウナギパンを早口で言ってみろ。ナギサッ、て聞こえるだろ。ウナギサッ、てなもんだっ。はっはっはっ」

さっきまでとぜんぜん態度が違う。かなり怪しい。

「そうだったんですか」

「こらこら、納得するなっ。絶対おかしいだろっ」

「……」

男は無言で俺のほうを振り返りギンッ!と鋭く一睨みすると、じゃあな、と軽く右手を上げ、再び階段に向かって歩き出した。

「あっ、待ってくださいっ」

「なんだ、娘よ」

古河に呼び止められ、すぐに戻ってくる男。

さっき娘とか言ったな、この人。

「えっ?」

「い、いや……おむすびパンって言ったんだ」

「わたし、おむすびパンじゃないですっ」

「あ、ああ……そうだな」

ツッコミどころはそこじゃないと思うんだが。

とりあえず、この男が古河の親父らしいことはわかった。なぜこんなところにいて、なぜわけのわからんパンばかり挙げるのかはわからないが。

「岡崎さん、この方が六人目の仲間ではないでしょうか」

「……このオッサンがか?」

「オッサンじゃない、秋生様だ。秋生様と呼べ、小僧」

「あきお……ですか? お父さんと同じ名前です」

オッサンが慌ててかぶりを振る。

「い、いや違うぞっ。俺様はアッキーだ。アッキー様と呼べ、小僧っ」

「でもこの人、さっき秋生様って言ってたよねっ」

「ああん?」

「ひぃっ! 僕の聞き違いでした! アッキー様っ!」

「確かに、私たちが扉の前に立ってもすぐには開かなかった。この男が近くに来たから扉が開いたと考えるのが自然だろう」

智代も警戒を解いて話に加わる。

「仲間かどうかは別として……只者ではないと思う」

「おめぇもなかなかやるな。これを持った俺にあそこまで接近した奴は初めてだぜ」

オッサンは銃を取り出すと、指を引っ掛けてくるくると回してみせる。

「あの……つかぬことをお聞きしますが……」

春原がおそるおそるオッサンに声をかける。

「あん?」

「その銃は……」

「おうっ、おめぇも興味あんのかっ。やってみるかい?」

オッサンは銃身を下にして、春原へ向けて銃を放り投げた。

「うわっ、ととっとっ」

驚いた春原は銃を取りこぼしそうになったが、前のめりになりつつも落っことさずに受け取ってみせた。

こわごわと銃を持ち上げていく。目に見えるほど指が震えている。無理もない。

指の震えは全身に広がっていったが、銃の側面を見た途端ぴたりと止まった。その部分をしげしげと見つめ、やがて叫ぶように大声をあげる。

「赤い稲妻ゾリオン!」

「なんだそりゃ?」

「センサーを身体に取り付けて、それを射撃して遊ぶおもちゃだよ。テレビのCMで見たことあるでしょ?」

「知ってるなら話は早ぇな。暇してるんなら、おめぇらも参加しないか?」

その場にいたオッサン以外の全員が一気に脱力した。

なんつー紛らわしい真似をするんだ……このオッサンは。

「なんだ……暇じゃねぇのか」

「今は暇じゃないな」

「そうッス! 今はダンジョンなんっすよっ」

「あん? ダンジョン?」

春原が意気揚々とオッサンに事情を説明する。仲間に引き入れようという魂胆なのだろう。

本当に六人揃えば誰でもいいんだな、こいつは。

「それで、俺様がその六人目というわけか……」

春原の話を聞いたオッサンが、ふん、と軽く息をつく。

いくら目の前にダンジョンがあるとはいえ、いい年こいたオッサンがこんな話信じるわけ……

「おもしれぇじゃねぇか……」

めちゃくちゃ乗り気だった!

ああ……よく考えたらこの人、いい年こいてゾリオンなんておもちゃで遊んでたんだったよ……。

「よっし! これで六人揃ったぜ、岡崎っ」

「あ、ああ……」

「てめぇらだけには任せてられねぇからな」

「何をですか?」

「渚だよ渚っ! 決まってるだろっ」

「はい? わたしがどうかしましたか?」

「い、いや、なんでもない」

古河の反応を見ていると、このオッサンが古河の親父だとは思えない。

だが、さっきオッサンが思わず口走ったであろう古河に向けて放たれた"娘"という言葉。それが偽りとは思えなかった。

もしかしたら古河に父親だと明かせない家庭の事情があるのかもしれない。

それでも父親として娘を見守りたい。そんな気持ちから同行を了承したのだろうか。親子の情とは、本来そういうものなのだろうか……。

俺にはわからなかった。

それでも、もし本当にそんな事情があるのなら、ふたりを少しでも一緒にいさせてあげたかった。

「どうかしましたか? 岡崎さん」

「い、いや、なんでもない。これで六人揃ったな」

「はいっ。よかったです」

「私も異論はない。古河の親父さん、だったな?」

「はい?」

「違う。俺様はアッキーだ」

「わああぁーーっ!」

智代の腕を引っ張って他のメンバーから離れる。

「な、なんだ岡崎、急に大声を出して……」

「智代、あのふたりは何か事情がありそうなんだ。あのオッサンが古河の親父じゃないって自分で言ってる間は黙っててやろうぜ」

俺の言葉を聞いた智代は、古河とオッサンに目を向ける。

何か思い起こしているのだろうか。その横顔は穏やかで優しい眼差しだった。

「そうか……。わかった、そういうことなら喜んで協力しよう」

振り向いた智代は笑顔でそう答えてくれた。

他のメンバーのところに戻って話を続ける。

「あー……それではよろしく頼む。……アッキー」

「おうっ。あんたはこのメンバーの中じゃ一番頼りになりそうだからな。あてにしてるぜ」

「あなたには及ばない」

「アッキー」が仲間になった!

こうして……思わぬメンバー欠如を乗り越え、再び六人パーティーが揃った!

開き切った扉の向こう側には何が待っているのだろうか……。

巨大な扉の向こう側は、旧校舎の廊下と似ていた。

窓も扉もない一本道。まっすぐに伸びた通路が、距離もわからないほど遠くまで続いている。

ダンジョンというからには真っ暗な空間を想像していたが、ここまでの階段や扉のこちら側と同じように明るかった。どこに明かりがあるのかはわからないが。

「あ……」

古河の背後にずっと隠れていた風子が、扉の向こうに目を向けて小さく声をあげた。

「どうした?」

「……」

普段の何やら素敵なことを妄想して別世界へ旅立っている時とは様子が違う。

ここに着いてから……いや、厳密には体育倉庫に着いてから、風子はぼんやりと突っ立って何やら思案していることがあった。

「……風子は」

誰に話しかけるでもなく、独り言のように風子が口を開く。

「風子は、ここに来たことがあるような気がします……」

「妄想世界の中でか?」

「んーっ! ヘンな岡崎さんは失礼ですっ。風子、妄想世界になんて行ったことないですっ」

いい加減自覚してほしいものだ。

「なんでもいいから早く行こうぜっ」

春原が皆を急かす。放っておいたらひとりで行ってしまいかねない勢いだった。

「よし、いざダンジョンへっ」

張り切る春原を先頭に扉をくぐり、俺たちはついにダンジョンへと足を踏み入れた。

今までとは周囲の空気が違う。気分の問題かもしれないが少し肌寒く感じた。

壁も床も天井も、古びて少し変色してはいるが全面を白で囲まれているからかもしれない。

ダンジョン最初の一歩を踏み出す。

春原じゃないが、柄にもなく心が高ぶるのを感じていた。

「む……? てめぇら戻れっ!」

オッサンが大声をあげて、古河と風子を押し戻す。

バン!

瞬間、足元の床が音を立ててまっぷたつに割れた。

「ぐっ!」

割れた床に片足を突っ込んでいた俺は、反射的に身体を後方へとひねった。

無理な体勢からの回避行動に、尻餅をついて倒れ込んでしまう。

なんとか助かったが、オッサンの声がなければ反応すらできなかっただろう。

「!?」

「へっ?」

俺の前を歩いていた智代と春原は、まっぷたつになった床の上へと完全に足を踏み入れてしまっていた。

「智代!」

とっさに手を伸ばすも、倒れ込んだ今の体勢からでは到底届かない。

「くっ!」

地を失った智代が空を蹴る。

その恐るべき脚力が大気を震わせ、落下を抑えて身体を宙にとどめる。

「はぁッ!」

もう一度、今度は横薙ぎに足で空を切る。

ごぅっ!

風切り音を立て、智代はまるで空中を飛ぶようにして俺の真横に無事着地した。

…………。

わかってはいたが、智代の体術は尋常じゃないな。

「てめぇも跳べ!」

オッサンが春原に叫ぶ。

「無理っす!」

「春原! 今こそ封印された背中の羽根をバリバリと解放する時だっ!」

「おうっ」

「って、そんな羽根ねぇよ!」

春原が救いを求める目で俺を見つめる。その間に落下しないのが春原のすごいところだ。

俺はこんな時でも自分のキャラを忘れない春原に対し、敬意を込めて親指を立てた。

「グッドラック!」

「それ、この状況で言うセリフじゃないですよねぇ!」

うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ……

春原の声が急速に下方へと遠ざかっていった。

Clannadry#8に続く。

現在のパーティーメンバー
  • 岡崎朋也
  • 春原陽平
  • 古河渚
  • 伊吹風子
  • 坂上智代
  • アッキー

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感想などをお題箱で伝えてくれたら嬉しいです!

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後書き

そんなわけで、アッキー登場です。

別の人物が前倒しで登場する予定もあったんですが、客観的に考えてわかりにくすぎるという結論に達したのでやめました。そのネタはまた別の機会にでも。

まだまだ原作のネタ流用や改変が多いですが、使い方には気を遣っているつもりです。オリジナルでしかも違和感のない、その人物が言いそうなセリフやネタももっと増やしていきたいなぁ。