うぁー……

「春原ぁーー」

俺の叫びも虚しく、春原はまっぷたつに割れた床の下へとその姿を消していった。

「こ、この床は誰かの罠だったんだ。この高さから落ちたのでは、春原は……」

立ち上がって落とし穴を覗き込む。だが見えるのは底の見えぬ闇だけだった。

「あぁ、もし最初からやり直すことができれば、なんとかなるのに……」

ゲームオーバー! スタートボタンを押してください。

「死んでねぇよ!」

Clannadry -クラナードリィ-

#8「胎動」

「無事だったか。それにしても早かったな、スタート押して人生やり直してきたか」

「よじ登ってきたんだよっ! 少しは心配しろよっ」

「むちゃくちゃ心配したぞ」

「セリフはぜんぶむちゃくちゃ棒読みでしたけどねっ」

「聞いてたのか……」

「つーかてめぇ岡崎っ、 グッドラックとか言ってる暇あったら助けろよっ! 仲間のピンチだったんだぞっ!」

「わりぃ、仲間だと思ってねぇや」

「少しは思いましょうよっ! パーティーに大事なのはチームワークなんだよっ!」

安堵の息か、それとも呆れてのため息か。俺たちのやり取りを見ていた智代が、ふぅと息をつく。

「本当におまえは……存在そのものがギャグだな。そんな奴なかなかいないから、誇りに思っていいと思うぞ」

「それ、ぜんっぜん褒められてる気しないんですけど……」

「そうか? 褒めたつもりだったんだが……」

「これで名実共にダンジョンの第一発見者と第一被害者になったわけだ。やったなっ、二冠王だ」

「嬉しくねぇよ!」

一旦後退していた古河たちも戻ってきて話に加わる。

いち早く罠を察知したオッサンのおかげで、古河と風子は落とし穴の床を踏むこともなかった。

「春原さん、大丈夫でしたか?」

「うぅ……渚ちゃんだけだよ……。僕のこと心配してくれるの……」

「てめぇ……渚に色目つかってっとあそこチョン切っちまうぞ、こらぁ」

「ひぃっ、すんませんっ」

六人に戻ったところで、輪になって作戦を練り直す。……と言っても、作戦などまったくなしにここまで来たわけだが。

「これからどうする?」

前方に目を向ける。ずっと先まで一本道の通路が続いてはいるが……

視線を下へ移すと、目の前には巨大な穴。見たところ、幅は5メートル以上ありそうだ。

智代はともかく、俺や春原ですら跳んで渡るのは難しい距離だ。

「穴の下は真っ暗だったけどさ、ちゃんと着地できたから何かあるかもしれないよ」

「みんなで穴を下りろってか? そりゃ無理だろ」

「まぁね。せめてロープでもあればねぇ……」

「下りたとしても、暗くて視界がはっきりしないのでは先に進めないんじゃないか?」

「そうですね、何か明かりがないと……。真っ暗だと少し怖いです」

「ライターならあるぜ」

全員がうーんと唸る。その程度の明かりじゃ視界が狭すぎる。

ダンジョンの一歩めでいきなり詰まってしまった。しかもその一歩めが落とし穴……このダンジョンは間違いなくクソゲーだ。

そもそもダンジョンに武器や防具どころかアイテムすら持たずに入るのが間違っているような気もするが。

「あっ、そうだ! どっかに隠し扉とかあるかもっ」

あれやこれやとみんなで意見を出し合っていたところで、春原の頭の豆電球が輝いた。

盗賊であるにも関わらず無様にも罠に引っかかった春原だったが、ダンジョンの入り口を発見したその勘を働かせて周囲を調べ始める。

他に手段も見つからないので、俺たちも手分けして探索を開始した。

「あったぜっ。これが先に進むためのボタンに違いない!」

早くも何やら発見したらしい春原が声高く告げた。

「ボタンですかっ! 風子が押していいですか」

「今回ばっかりは譲れないねっ」

ボタンという言葉に反応した風子が寄ってくるよりも早く、春原はそのボタンを押す。

「馬鹿野郎! 不用意に押すんじゃねぇ!」

オッサンの怒号が響く。……と同時にボタンがあった壁の一角が開き、そこから何か光るものが飛び出してきた。

……春原に向けて。

ぷすっ。

「うぁーー」

「春原! 春原、大丈夫かっ」

光るものが直撃したと思われる春原の微動だにしない後ろ姿。その元へと駆けつける。

「なんということだ。春原が誰かの罠に引っかかって死んでしまうとは……」

俺は天を仰いだ。

「あぁ、もし最初からやり直すことができれば、なんとかなるのに……」

ゲームオーバー! スタートボタンを押してください。

「死んでねぇよ! って同じネタやんなよっ!」

勢いよく振り返った春原の額には矢のようなものが突き刺さっていて、そこから血がどくどくと流れ落ちている。その顔も相まって非常に怖い。

「……すまん、俺が悪かった。早く病院に行こう」

「へっ? なんでだよ。これくらいかすり傷さっ」

ぐっ、と親指を立ててみせる春原。怖すぎる。

隣の風子は無言で春原の顔を見上げると、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべてなぜかこちらに顔を向ける。

先ほど春原の存在そのものをギャグと評した智代も、この衝撃的な光景を前にしてはさすがに声も出ないようだ。少し躊躇した後、意を決して春原に話しかける。

「お、おまえ……本当に大丈夫なのか……?」

「智代にまで心配されるなんて、僕も落ちぶれたもんだねっ」

「い、いや……おまえが平気ならそれでいいんだ、うん」

古河とオッサンも駆け寄ってくる。

「春原さんっ、大丈夫ですかっ」

「渚ちゃんまで大げさだなぁ。これくらいかすり傷だよ」

「かすり傷じゃないですっ。血がいっぱい出てますっ!」

「へっ?」

そう言われて春原は自分の額に手をあてる。

その手を下ろすと、手のひらが自分の血で真っ赤に染まっているのを見て叫び声をあげた。

「な……なんじゃこりゃあーーーーっ!」

気づいてなかったのかよ……。だが、セリフからしてまだ余裕がありそうだ。

「くおおぉぉぉぉーーーーーーっ!」

ようやく痛みが伝わってきたのか、春原は頭を押さえて床を転げ回る。

「暴れたらダメですっ。じっとしてくださいっ」

「う……なんか目の前が真っ白になってきたんですけど……」

「そりゃ、あれだけ血が出てたら貧血起こすだろ」

古河が言うまでもなく、春原の動きは次第に鈍くなっていった。

「少しの間、じっとしていてください」

古河がポケットからハンカチを取り出す。

ちなみに春原の頭は俺の膝の上だ。野郎に膝を貸すはめになるとは……頭をかち割ってやりたい衝動に駆られるが、さすがに今やったらシャレにならない。

「う……」

「あっ、すみません。染みましたか」

「うぅ……膝枕を……膝枕を変えてくれ……」

息も絶え絶えに古河の膝へと手を伸ばす。本当にかち割ってやろうか。

「動くんじゃねぇよ」

オッサンが膝をついて春原の腕を押さえ込むと、春原はぴくりとも動かなくなった。

その後も古河が懸命に応急手当を行う。

大量に出血していた割には思ったよりも傷は深くなかったようで、智代やオッサンの協力もあって額に突き刺さった矢のようなものも取り除くことができた。

「血はもう止まっているようだが……。あとは保健室へ行くしかないな」

「風子の包帯を使ってください」

風子が懐から包帯を取り出して古河に手渡す。

「ありがとうございます」

「おまえ、包帯なんか持ち歩いてるのかよ……」

「ヘンな岡崎さんはご存じないかもしれませんが、これが転ばぬ先の杖というものです」

えっへんと、ない胸を反らせてみせる。

「今は転んだ後だけどな。それよりおまえ、木片だけじゃなく包帯までかっぱらってたのかよ」

「かっぱらったなんて人聞きの悪いこと言わないでください。黙って借りてきただけです」

「それをかっぱらった、っつーんだよ」

古河が手際良く春原の頭に包帯を巻いていく。これでひとまず応急手当は終わったようだ。

「ふぅ……助かったぁ……」

起き上がって安堵の息を吐く春原。

「ありがとう、渚ちゃん」

「いえ……みなさんが手伝ってくれたおかげです」

「僕、ちょっと感動しちゃったよ……。今日ほど、このパーティーでよかったって思ったことはないねっ」

今日パーティーを組んだばかりだけどな。

オッサンが春原の額に刺さっていた矢を手に取る。

「ったく、この程度のトラップに引っかかりやがって……素人かよ」

あんたはその道のプロなのか。

だが、この人は罠をふたつとも察知していた。本当にプロなのかもしれない。

「鏃(やじり)に毒が塗ってなかっただけマシか……。運が良かったな」

「ど、毒ッスか!」

「ああ……。ダンジョンを甘く見てると痛い目見るぜ……」

「もう見てるっす……」

「もっと見るんだよ、馬鹿」

オッサンは春原に睨みをきかせて立ち上がると、矢が飛び出てきた壁の一角を見上げて、かっ、と喉を鳴らした。

前方には進めず、下方は真っ暗闇。他の方向に道はない。まさしく八方塞がりだ。

俺は唯一の道、後方に目を向けた。

「今日はこれくらいにしとくか」

「一歩で冒険終わりっすか! 僕は大丈夫だからさ、まだ続けようぜ。トラップに引っかかっただけで終わるなんて悔しいじゃん」

「すげぇ根性だな」

「そうです、春原さん。今は応急手当だけですから、早く保健室へ行ったほうがいいです」

「そろそろ私も戻らないといけないからな。ちょうどいい」

「つーわけで今日の冒険はこれで終わりな」

「そんなの嫌だぁーーっ」

駄々をこねる春原を引きずって扉をくぐる。

俺たち全員が扉を抜けると、開いた時と同じように大きな音を立てて扉が閉まっていく。

一体どんな原理でこの扉は開閉されているのだろうか。誰かに見られているようで、あまり気分のいいものではなかった。

体育倉庫へ繋がる上り階段に一歩を踏み出したところで一度振り返る。

巨大な扉は、まるですべてを拒絶するかのように固く閉ざされていた。

***

その頃。

彼らが『ダンジョン』と呼んでいた場所……。

その奥深く、薄暗い玄室の真ん中に奇妙な形をした機械のようなものが置かれていた。

まるで培養器のようなその装置は、用途のわからないものが多数置かれている玄室内でも群を抜いて異質なものだった。

周囲は静まり返っていた。まるで時間が止まっているかのように。

ところがその静寂は突然破られた。何の前触れもなく、その装置が異音を奏でて動き始めたのだ。

どこか故障しているのか、装置はガタガタと大きな音を立てて揺れながら白い煙を噴出していく。たちまち玄室内は煙で充満していった。

やがて、充満した煙が少しずつ霧散していく。視界が晴れてなお薄暗い室内に、先程まで激しく動作していた装置が起動前と変わらない姿を現す。

最後にガタンと音を立てると、装置の前面……錆びついた金属のようなもので覆われた部分がゆっくりと横にスライドしていく。まるで扉が開くように。

その中から現れたのは…………

Clannadry#9に続く。