今年もその日がやってきた。

探し求めて町を駆け巡る日々。

長い、長い道のりを経て。

隣町にほど近い郊外で、ついに俺は見つけた。

つぶらな瞳。

胸がきゅんとするような、奇跡の曲線。

見紛うことなきその姿。

また新しい大家族の一員を今、迎えようとしていた……。

だんご大家族の夜

ちゃりん。

コイン投入口に500円玉を投入する。

1プレイ100円なのだが、500円なら6回プレイできてお得だった。

決して一発で取る自信がないわけじゃないんだが、念には念を入れておく。

寒さでかじかんだ両手に息を当てて温めると、気合いを入れてゲーム機に向かった。

だんご大家族、ゲットだぜ!

ひゅううぅぅ~。

夜風が寒かった。

懐も寒かった。

ターゲットはいまだゲーム機の中……ガラスの向こう側に鎮座している。

やばい。

3000円も使ったのに取れない。回数にして36回だ。泣けてくる。

あのだんごの表面は思ったよりも滑りやすいようで、俺の操作するクレーンを跳ねるように避け続けていた。

くそぅ、奇跡の曲線め……。

「しかし、クレーンゲームってのは思ったより難しいもんだな」

ほとんど初心者と言っていい俺にはなかなかコツが掴めなかった。

端から見ているぶんには簡単そうに見えたんだが、そんなに甘くはないらしい。

「こんなことなら、俺もやっておけばよかったな」

ふと、学生時代の友人の顔が思い浮かぶ。

あいつはこういうの得意そうだったな。

俺はいつも見ているだけだったが、駅前のゲーセンで何度か取っていた気がする。ナンパに使うなどという、ろくでもない目的のためだったが。

「ふぅ……」

軽くため息をつく。その白い息も、すぐに冷たい夜風に流されていった。

去年より幾分マシなほうだが、それでも暗くなってくるとその寒さが身にしみる。今日は比較的早く上がれたため、時刻はまだ7時前なのだが、空の星が鮮明に見えるほど周囲の景色はすっかり夜だった。

思わず肩にかけたスポーツバッグに目が行く。

学生の頃から使い古したこのバッグの中には今、サンタの衣装がぜんぶで三着入っている。去年、汐にも好評だったので今年は家族三人でサンタになろうって寸法だった。

例によって衣装は商店街のおもちゃ屋でさっき受け取ってきた。いつものように店のオヤジが新商品で奇襲を仕掛けてきたが。飛び道具は反則だろ。

「やっぱり結構重いな」

さすがにそろそろ肩が痛くなってきたので、バッグを足元に下ろす。今までバッグを肩にかけたままゲームを続けてきたが、よく考えると我ながらすごい集中力だ。

しかし、これを着たら暖かいだろうな……。

一瞬そう思ったが、そこはさすがに羞恥心のほうが上回った。サンタの格好でクレーンゲームをする男……不気味すぎる。

「よし、リトライだ」

ここでじっと見ていても、だんごが手に入るわけじゃない。

気持ちを切り替えてバッグを担ぎ上げると、両替機に向かう。こうなったら、持ち金をぜんぶ500円玉に替えちまおう。

「どうした、お困りかい?」

出鼻をくじくように背後から声をかけられる。

振り返るとそこには……

「メリー・クリスマス!」

グラサンをかけた怪しいサンタが立っていた。

「何やってんだ、オッサン」

「俺は秋生様ではない。今日が何の日か忘れたのか、てめぇは」

「いきなり自分で正体ばらしてるんだけど」

「渚の誕生日に決まってるだろっ。去年は遅れちまったが、今年は最初から参加させてもらうぞ」

相変わらず会話が成り立たない人だ。

「おまえらだけで楽しもうったってそうはいかねぇ。俺様も入れろ」

「わたしも入れてくださいねっ」

「さ、早苗さん……」

オッサンの後ろには、同じくサンタの格好をした早苗さんが立っていた。

「こんばんは、朋也さん」

「こ、こんばんは」

ブラボー。

心の中で喝采が巻き起こる。

なんつーか……その格好はいろいろとやばいっすよ、早苗さん。

「つーわけで、今年は俺たちも入れてもらうからな」

「別にいいけど、そもそもなんでそんな格好してるんだ?」

「あそこは行きつけのおもちゃ屋だからな。おまえの企みもぜんぶお見通しってわけだ」

「人聞きの悪いこと言うな。企みなんかじゃねぇよ」

「嘘つけ。確かに汐は喜ぶだろうが、てめぇの本命はサンタ姿の渚だろっ」

ぎくっ。

「お、俺は純粋に家族みんなでサンタになってだな……」

「汐が寝静まった後、サンタ姿の渚と聖夜ならぬ性夜に突にゅ……」

「そこまでは考えてねぇよ!」

慌ててオッサンの口を押さえる。

「だがこれでおまえは期待してしまうはずだ」

「う、うるさいなぁっ。俺はこれから両替に行くんだから邪魔すんなよ」

「おっ、こいつを狙ってるんだな。なかなか面白い位置にあるじゃねぇか。楽しめそうだ」

ゲーム機を覗き込んだオッサンが、すぐに俺のターゲットであるだんごのぬいぐるみに目をつける。

「ちょっと待て。だんごはそれひとつしかないんだから、あんたが取るなよ」

「安心しろ。様子見に軽く遊んでみるだけだ」

「ファイトッですよっ」

「おうっ、任せとけ」

オッサンはやる気まんまんだ。

苦労して見つけただんごを後から来たオッサンに取られてたまるかっ。

待ってろよ、渚っ!

俺は1000円札を握りしめ、急いで両替に向かった。

「よーしよし、あとは……」

大急ぎで両替から帰ってくると、サンタの格好でクレーンゲームをする不気味なオッサンの姿があった。

このままオッサンにだんごを取られてしまっては渚に合わせる顔がない。

「させるかぁぁーーーーっ!」

後ろから飛び込んでゲーム機のボタンを叩く。

クレーンはあさっての方向で止まり、見事に空振りした。

「てめぇ! いきなり何しやがるっ」

「このだんごは俺が取る」

コイン投入口に500円玉を二枚入れる。

「あ、てめっ、500円なんか入れやがって。男なら一発勝負だろうがっ」

「別に今は勝負してるわけじゃねぇよ」

「しかも連コインはマナー違反だぞ、こら!」

「財力の違いだぜ」

少しばかり見栄を張って金持ちぶってみる。

「くそっ。渚の奴、夫を甘やかしてんじゃねぇか? なぁ早苗」

「朋也さんは秋生さんみたいに無駄遣いしないからですよ」

「いや、今の妨害はどう見ても無駄遣いだろ……」

「あ、早苗さん、オッサンが俺の邪魔しないように見張っててくれますか」

ぶつぶつ文句を言うオッサンを押しのけながら、後ろに声をかける。

「はい、任せてくださいっ」

「あ、こらっ、自分のことは棚に上げといて汚ぇぞ、てめぇ!」

「はいはい。秋生さんはわたしと一緒に朋也さんを応援しましょうね」

早苗さんサンタに腕を引かれ、怪しいグラサンサンタ、退場。

邪魔者の排除に成功したところで、改めてゲーム機に向かう。

累計37回目の挑戦。

…………。

……。

かすりもしなかった。

「そんな甘い位置取りじゃダメだ」

手出しを封じられたオッサンが口出ししてくる。

「この台はアームの握力もそんなに強くねぇから、その位置から直接は取れねぇよ。まずはアームを当てて左に転がせ」

「あんた、さっきは男なら一発勝負とか言ってたじゃないか」

「馬鹿、素人のおまえじゃ無理だって言ってんだよ」

「無理でも根性で取る」

「重心も低いし、首もなけりゃ紐もついてない。周囲に障害物がないのが救いだが、なかなかの難物だぞ」

「口出し無用だ。なんと言われようが、俺は自分の力でだんごを取ってみせる」

気を引き締めて38回目に挑戦する。

「頑張ってくださいね、朋也さん」

早苗さんはそんな俺の決意を汲んでくれる。

「ちっ、強情な奴だ」

不満そうな様子だったオッサンも俺の真剣さが伝わったのか、腕を組んで押し黙った。

「今度こそ……」

慎重にボタンを押してクレーンの位置を決める。

今回は位置もばっちりだったんだが、だんごの頭を撫でるだけで終わってしまった。

オッサンが言ってたのはこういうことか。他のぬいぐるみはクレーンの先端が引っかかるような部分が結構あったりするが、単なる球体でしかないだんごにそんな部分はない。

それに同じゲーム機内に置かれた他のぬいぐるみと比べても高さが半分くらいしかないため、止める位置が少しでもずれると掴むことができなくなってしまう。こりゃ確かに難物だ。

いや、弱気になったらダメだ。とにかく今は挑戦あるのみっ。

39回目の挑戦。横軸を止めるタイミングに失敗して空を切る。

40回目の挑戦。今度は縦軸が合わなかった。

41回目。ボタンを連打してしまい、スタート地点付近で空振り。

42回目。ぜんぜん違う場所に置かれていたクマのぬいぐるみを掴んだが途中で落とす。

43回目。恐竜のぬいぐるみと天使のぬいぐるみをふたつ同時に掴んだが、巨大なアリクイのぬいぐるみにぶつかって両方とも途中で落とす。

44回。だんごの底面を掴みかかるも、跳ねるようにクレーンから逃げられる。

45回。だんごの頭をかすめて少し動いたが失敗。

46。ボタンを離し損ねてクレーンがゲーム機の端まで行ってしまう。

47。だんごから少し離れた場所で山積みになっていたヒツジのぬいぐるみにクレーンが当たって失敗。結果、ヒツジの山が崩れて何個かだんご周辺に落下してくる。自分の手で周囲に障害物を作ってしまった……。

「ファイトッですよ、朋也さん」

「かぁっ、見てらんねぇぜ……。そんなんじゃ、いくら金を積んでも取れねぇよ」

「ま、まだまだこれからだよ」

「猫の手でも借りたいっていう状況のようですね」

隣からまた新しい声がする。視界の端に小さな三角帽子が映った。

「風子……参上」

いつの間にか隣にちっこいのが立っていた。つーか……

「なんでおまえもサンタなんだよっ」

「汐ちゃんのお父さんは知らないんですか。今日は全国的にサンタの日です」

「全国的かどうかはともかく、それくらい知ってる。なんでサンタ服でこんなところをうろついてるのかって訊いてるんだ」

「秋生さんと早苗さんもサンタ服でこんなところをうろついてますっ」

びしっと後ろのふたりを指差す。

それを言われては、返す言葉もない。

つーかこれじゃ、ひとりだけ普通の格好をしている俺のほうが間違ってるみたいじゃないか。

「しかし、サンタ服なんてよく持ってたな、おまえ」

「いえ、これは演劇部の衣装です。似合いますかっ」

くるりとその場で一回転してみせる。

こいつが俺と同い年とはとても思えない。

「んなもん学校から着て帰るなよ……ヘンな目で見られるぞ」

「そんなことはありません。風子、演劇部のマスコット部長ですから。ふぅちゃん可愛い~と部員のみんなにも評判です」

こいつはこいつで、学校生活を謳歌してるんだな。

サンタ服の下には、懐かしい母校の制服が見える。制服は俺たちが通っていた頃とぜんぜん変わっていない。

ふと、この制服を着ていた頃の渚の姿が思い浮かんだ。懐かしいな……。

おっと、今日は昔を思い返して感慨に耽ってばかりだな。まだそんな年じゃないだろ。

苦笑いを浮かべる。

「それで、用件はなんだ? 言っとくが汐はやらんぞ」

「汐ちゃんのお父さんがピンチのようなので、助けにきました」

「そんな義理ないだろ。それにピンチじゃないから」

「ぬいぐるみが取れなくて苦戦していると聞き及びました。風子、こう見えてもクレーンゲームは得意なほうです」

腰に手を当てて胸を反らせてみせる。

「だから、これは俺が取らなきゃ意味ないんだよ」

「決して単に遊びたいからというわけではありません」

「おまえ、帰れ」

「ふぅちゃーーんっ!」

風子を呼ぶ声。

少し離れたところで、風子と同じ制服を着た女生徒が手を振っていた。

「遊びたかったですけど、風子、呼ばれてるのでもう帰ります」

「よかったら、風子ちゃんたちも一緒にどうですか?」

「おう、そいつは名案だな。狭い家だが寄ってけ、風子」

「狭くて悪かったな……」

早苗さんが提案し、オッサンもすぐに賛同する。

確かに渚や汐も喜ぶだろうし、俺も異論はない。

「いえ、風子も行きたいですけど、これから用事があります。それに今日は、だんご大家族水入らずが一番だと思います」

「そうか……」

「渚さんと汐ちゃんには後で風子からプレゼントがありますので、寝る前には靴下を枕元に吊るしておいてください」

どうせヒトデだろう。

「風子サンタが夜中にこっそりお届けします」

「それ、普通に不法侵入だからな」

「大丈夫です。サンタクロースなので煙突から入ります」

「何が大丈夫なのかさっぱりわからんが、俺の家は煙突なんかないぞ」

「では窓から入ります」

やっぱり不法侵入だった。

今日は寝る前の戸締まりを念入りにしよう。

風子が帰り、いよいよ48回目。

これが最後の挑戦となる。

「……」

だんごのぬいぐるみをガラス越しにじっと見つめる。

その周りには最初、何もなかった。他のぬいぐるみから少し離れた場所に、ぽつんと置かれていた。その姿は出会った頃の渚のようであり、俺のようでもあった。

だが今は、俺がクレーンを当てて山を崩してしまったヒツジのぬいぐるみが周囲を埋めている。姿形は違っても、その光景は家族のように見えた。

……。

だんご大家族水入らず、か……。

俺は何を意地になっていたんだろう。

「オッサン、早苗さん、俺に力を貸してくれ」

振り返って、そう告げた。

「はいっ。最後はみんなでファイトッですねっ」

早苗さんが胸の前で両手をぐっと握る。

「けっ、最初からそう言やぁいいんだよ」

オッサンがサンタ服の袖をまくって、俺の肩を軽く叩いた。

「次で取るぞ、朋也」

「ああ」

三人並んでゲーム機に向かう。

「ファイトッ」

早苗さんが先陣を切る。

「周りのヒツジごと掴めっ!」

オッサンが素早く俺と場所を入れ替わる。

「!」

クレーンがゆっくりと下りていく。

そして……

「おい、着替え終わったか?」

「もうちょっと、ヒゲが……」

「んな細かいこと気にするな。いくぞっ」

「なんだかドキドキしますねっ」

親方に借りた軽トラから降り、アパートの狭い階段を上がる。

それと同時にテンションも上がってくる。

「ちぃーす、佐久間リサイクルショップだぞーっ!」

オッサンが大声で微妙なボケをかましながら勢いよくドアを開く。くそ、先を越されたっ。

「はいっ、どちらさまでしょう?」

オッサンのボケを完全に無視した普通の返事をしながら、ぱたぱたとふたつのスリッパの音が聞こえてきた。いや、だから佐久間リサイクルショップって言ってたじゃん。つーか、佐久間リサイクルショップってなんだ?

今年で二回目だが、この瞬間はやっぱり緊張してくるな。顎に手を当てて白ヒゲの具合を再確認する。

間もなく玄関にふたりが現れた。一緒に晩ご飯の準備をしていたようで、エプロン姿が眩しい。

「メリー・クリスマス!」

俺たちは声を合わせて言う。

こういう馬鹿を一緒にやってくれる家族……オッサンと早苗さんに心の中で感謝した。

きっと渚は「サンタさんですっ」と喜ぶだろう。

汐は普通に「おかえりなさい、パパ」と言うだろう。「こんばんは、あっきー、さなえさん」とも言いそうだ。

そして今年も……

だんご大家族がまたひとり。

……いや、今年はヒツジの家族と合わせて五人。

大家族が増えた。

――終わり。

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感想などをお題箱で伝えてくれたら嬉しいです!

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後書き

前年のに引き続き、今年も渚誕生日なお話です。

最後はだんご大家族のぬいぐるみと幻想世界の獣たちっぽいヒツジのぬいぐるみ四つが一緒に映ってるCGでも思い浮かべてもらえれば。そういうのを文章だけで伝えるのって難しいな。ともあれ、楽しんでもらえれば嬉しい!