扉を抜けると、そこは戦場だった。
「とぅっ!」
かけ声と共に、頭上から何かが振り下ろされる。
俺は素早く身を引いて後ろに飛び退き、その急襲をかわした。
「はっ!」
息つく暇も与えてはくれず、襲撃者の男は手に持った棒状の得物を横に薙ぐ。
その上を飛ぶなどという芸当は、悔しいが俺にはできない。俺は棒の射程距離外までさらに身を引いた。
「はっ! はっ! はっ!」
好機とばかりに男はそのまま一気に距離を詰めて途切れることなく攻撃をしかけてくる。
ここまでの攻撃はあらかた予想通りだが、奇襲という形で先手を取られた以上、今はディフェンスを固めるしかない。俺は専守態勢を取るべく、バックステップで大きく距離を離した。が、それは迂闊な行動だった。
男は手に持った棒状の得物を今度は縦に振りかぶって大きく薙いでみせる。
明らかに届かないと思われたその攻撃。だが棒状の得物の先端が急に伸びたかと思うと、俺の目の前まで一気に距離を伸ばしてきた。
「くっ!」
反射的に上半身をひねってそれをかわす。
もしかして如意棒なのか、あれは。
などと考えている間に第二撃が迫っていた。
回避が間に合わない!
そう思った瞬間、頭で考えるよりも先に体が動いていた。
長い間ずっと繰り返すことによって身についた、無意識下の行動。頭がそれに追いついた時には、すでに俺は工具袋から取り出した愛用の得物で攻撃を受け止めていた。
使い慣れた得物の開かれた先端が、しっかりと如意棒を掴んで動かせないように固定している。こんな使い方をしたら芳野さんに怒られるな……そう心の中で苦笑しつつも、長年の仕事で培った反射神経に感謝する。
「わしのハイパービームサーベルをスパナで切り払うとは……さすがは古河の息子だ」
襲撃者の男が動きを止め、姿を見せた。
「いろいろとツッコミどころはあるが……今日は遊びに来たわけじゃない。わかってるだろ?」
「なぁに、ちょっと新製品を試してみただけだ。おめぇさんご所望の品ならきっちり仕入れといたから安心しな」
ようやく本題に入ってくれたようで、男は手元のスイッチを押して機動戦士のおもちゃらしき棒を縮めると、それを手にしたまま店の奥へと姿を消した。
*Little Snow
ある寒い冬の日。
夕闇迫る頃、俺は駅前の商店街にある一軒の店へと立ち寄っていた。偶然にも今日の仕事現場が近くだったため、昼の休憩時間を短めにして仕事を抜ける時間をなんとか捻出した。
そこは昔、オッサンに連れられてクモのおもちゃを買いに来た店だった。年を経るごとにプレミア度が上がっていくだんご大家族のぬいぐるみを入手するために、今年はこの店の主に力を借りていた。
ちなみに現在、我が家が所持しているぬいぐるみは八つ。よくもまぁ、ここまで集められたものだ。
「待たせたな。約束のブツだ」
店の奥から店主が顔を出す。その手には赤いリボンで綺麗に梱包された箱があった。
「助かったよ。見つからなくて困ってたんだ」
ぬいぐるみの入った箱を受け取る。
「あとは……これだな。おまえさんのたっぱじゃ、少し小さいかもしれんが」
「いや、大丈夫そうだ。ありがとう」
もうひとつ、店主から手渡された赤い衣装に軽く袖を通しながら言葉を返す。
「礼なら娘に言え。それはあいつが送ってきたやつだ」
「ああ、わかった。三が日にはこっちに戻ってくんだろ? そん時に言うさ」
今や毎年恒例となった、友人たちが一堂に会する日を思うと自然に頬が緩む。
「世話になったな。おかげで準備万端だ」
「なぁに、いいってことよ。また来年も頼んでくれて構わねぇぜ」
「自分の足で探しても見つからなかったら、また頼むかもな」
衣装を手持ちの紙袋に入れ、プレゼントの箱と一緒に持って店の外に向かう。
「ここで着替えてかないのか?」
「見ての通り、まだ勤務中なんでな」
工具袋から先ほどのスパナを取り出して見せると、軽く手を上げて店を出た。
*
店から少し離れた商店街の入り口近く。
色濃い夜空を見上げると、取り替えたばかりの街灯の光が煌々と灯っていた。
幾度となく見てきた光景。見慣れた今になっても、この光景を眺めた時の達成感は何物にも代えがたい。
今日の仕事はここで最後だ。早く帰って喜び驚く顔が見たい。年甲斐もなく高揚した気持ちで、停めている軽トラへ向けて急ぎ足になる俺だった。
「お疲れさまです。掃除と片づけは済ませときました」
「サンキュ、悪いな」
俺が抜けている間に仕上げを終わらせていた相方に礼を言って、最後の確認を隅々まで念入りに行う。
「これくらい任せといてくださいよ。というか、そろそろぜんぶ任せてくれても……」
「ひとりでやらせるにはまだまだ早い」
「ちぇっ、厳しいなぁ」
問題なく確認を終えると、相方を助手席に乗せてエンジンを吹かす。
わずかに開いた窓から冷たい隙間風が入ってきた。そういや天気予報でこの冬一番の冷え込みとか言ってたな。軽く身を震わせて窓を閉める。
狭い脇道から商店街を出ると、事務所へ向けてスピードを上げた。
「おまえってさ……俺の若い頃に似てるんだよな。焦って背伸びしようとするところとか」
「やだなぁ。岡崎さんもまだまだ若いっすよ」
「まぁな……って、言いたいのはそこじゃねぇよ」
「わかってますって。でも、あの人のためにはもっと頑張らないと」
「あの人ってのは女だろ」
「なんでわかったんスか!?」
ますますそっくりだ。
「彼女か?」
「……まだ彼女じゃないっす」
「まだ、ね……」
信号待ちでスピードを落とし、左折のウインカーを出す。
「まぁ頑張れ。俺の嫁の写真、見るか?」
「い、いえ……それはもう口から砂糖を吐くくらい見させていただきました」
「じゃあ……」
「可愛い娘さんの写真もおなかいっぱいッス!」
「ちっ、可愛いもんは何度見ても可愛いだろうがよ」
作業服の内ポケットに入れかけていた手をハンドルに戻すと、前の車に合わせてアクセルを踏む。
*
十字路を何度か直進したところで事務所が見えてきた。左折して車庫に軽トラを停める。
「寒ぃ」
降車して最初に出た呟き。仕事に集中している時はあまり気にならなかったが、さすがに今年一番の寒さだ。
閉まりの悪いドアを叩きつけるくらい力任せに閉じて、外よりは幾分か暖かい事務所に入る。
親方が労いの言葉をかけながら淹れてくれたお茶を頂いて体が温まったところで、明日まで軽トラを借りる旨を再度確認して改めて許可をもらうと、俺たちは先に上がらせてもらった。
作業着から私服に着替えて車庫へ戻る途中、仕事を終えて帰ってきたらしい芳野さんと出くわす。
「お疲れさまです」
「ああ。今日は早いな。まぁ無理もないが、後がつらくなるからあまり張り切りすぎるなよ」
「その自覚はあります。経験してきましたから」
「ならいい。早く帰ってふたりを喜ばせてやれ。それが今日という記念日を彩るおまえの役目だ。そして……」
いつもの髪をかきあげるポーズ。
「それが……愛だ」
「そういえば、芳野さんも早く帰って愛ちゃんたちを喜ばせてあげないといけないんじゃないですか?」
聞き飽きた愛語りを軽くスルーしてそう返す。
芳野さんにも俺と同じように娘がいる。うちの娘と歳も近くて仲が良く、ふたりして公園で遊ぶ姿を芳野さんと一緒に緩んだ顔で眺めることもよくあった。
「む……そうだな。じゃあな、岡崎。しっかりやれよ」
「ええ、お先に失礼します」
立ち去り際、芳野さんは俺の隣で黙って話を聞いていた相方に目を向ける。
「娘の写真、見るか?」
「い、いえ……これまで何度も見させていただきましたので……」
「そうか……」
心底落胆した表情を浮かべたと思ったら、すぐに一転、爽やかな笑顔を浮かべる。
「おまえにも愛する者がいるだろう。頑張れよ、青少年!」
「は、はあ……」
軽く肩を叩いて去っていく芳野さんをぽかんとした顔で見送る相方。
娘ができてから芳野さんも丸くなったなぁ。俺が言うのもなんだけど親馬鹿だ。
「さて、帰るか」
「あ、はい」
まだ呆然としている相方を促して車庫へ向かい、軽トラに乗り込んだ。
「それじゃ岡崎さん、俺もここで失礼します」
「おう、お疲れ。途中まで乗ってくか?」
「いえ、今日は寄るとこがあるんで」
「そうか。頑張れよ、青少年!」
「はい! ……って、だから何を頑張るんすかっ」
天然っぽいノリツッコミに軽くクラクションを鳴らして応えると、ふたりの待つ我が家に向けて軽トラを発進させた。
*
歩いても30分ほどの距離。すぐに見慣れたアパートが見えてくる。その正面を通り過ぎて、裏にある駐車場に車を停めた。
助手席に置いた紙袋から衣装を取り出すと、狭い運転席で悪戦苦闘しながらも着替えを終える。
帽子を被り、仕上げにバックミラーを覗き込みながら白い付けヒゲを装着。これでサンタという名の怪しいオッサンの出来上がりだ。
「……」
思わず周囲を見回してしまう。やましいことなんて何もないのに、下手にコソコソしていると本当に通報されかねない。
自宅近くに着替えるような場所がないことから職場の軽トラを借りたわけだが、職場で着替えてこの格好のまま帰るという芳野さん提案の方法を採らなくて本当によかった。さすがにこの格好で外を歩き回りたくない。
そう思いながらも階段を上がるごとにテンションが上がり、足取りも軽くなっていく俺だった。
「ちわ~、三河屋でーす!」
テンションもマックスに達し、岡崎朋也ではない別の誰かになったような開放感からか、微妙なボケセリフを発しながら自宅のドアを勢いよく開く。
「はいっ、どちらさまでしょう?」
俺のボケを完全に無視した普通の返事をしながら、ぱたぱたとふたつのスリッパの音が聞こえてきた。いや、だから三河屋って言ったじゃん。
つーかやばい。なんか急に緊張してきた。顎に手を当てて白ヒゲの具合を確認する。
間もなく玄関にふたりが現れた。一緒に料理している最中だったからか、おそろいのエプロン姿が眩しい。柄はだんごだが。
「メリー・クリスマス!」
俺はジジイっぽい作り声で言ってやった。こういう馬鹿をやるのも久しぶりだ。
「わあ……サンタさんですっ」
感激の声をあげる我が嫁。
案の定、目の前にいるのがサンタの格好をした俺だとは気づいていないようだ。
ああ……渚、おまえはなんてアホな子で可愛いんだ……。
「おかえりなさい、パパ」
サンタと化した俺に向かって、ごく普通に迎えの挨拶を投げかける我が娘。
ああ……汐、おまえはなんて賢くて可愛いんだ……。
「サンタさんが朋也くん……パパなんですか? しおちゃん」
「うん、パパはサンタさん」
びっ、と俺の顔を指差してくる。
こういうところ、自称姉の影響を受けてきてるんじゃないだろうか。
「ちっ、自分から言う前にばれちゃあしょうがねぇ……今日の土産はサンタだぞっ、渚、汐!」
クリスマスケーキの入った紙袋とプレゼントが入ったでかい靴下型の袋を両手に持ち上げて家へと上がる。
一年に一度のパーティーの夜が始まった。
汐を驚かすことはできなかったが、俺の格好は気に入ってくれたようで白ヒゲを引っ張っては喜びの声をあげていた。
誕生日プレゼントであるだんご大家族のぬいぐるみを袋から出すと、テレビの上に積み重ねられた仲間たちを床に下ろす。
「わぁ……」
感激の声をあげた渚と汐がたくさんのだんごたちを替わりばんこに抱きしめる様子を見て、幸せをかみしめていた。
「だんごっ、だんごっ」
やがて聞こえてくるふたりの合唱。俺も途中から声を合わせて歌う。
こうして、特別な夜は更けていった。
*
その後も、新メンバーの水色だんごをその身に抱いた渚やクリスマスケーキを頬張る汐の姿を写真に収めたりと、我ながら少々はしゃぎすぎた。
こたつに足を突っ込んで一息つく。
後片づけで台所に行っていた渚が、お盆を手に戻ってきた。
「紅茶淹れました。飲みましょう」
「うん」
「サンキュ」
渚からコップを受け取って一口すする。
「うまい」
「うん、おいしい」
「えへへ、よかったです。この紅茶、仁科さんにもらったんです」
「へぇ……」
「せんせい?」
「はい、しおちゃんのお歌の先生です。いろんな種類の茶葉を自分でブレンドしたそうです」
「そういや高校ん時、合唱部の練習に付き合った時も出されたことあったな、こういうの」
「懐かしいです」
「そうだな……」
ふと、あの頃に帰ったような気がした。
「あ……見てくださいっ、朋也くん、しおちゃん」
「ん?」
何かに気づいた渚が立ち上がってベランダのカーテンを引く。
そこには、汐が生まれた時に見たものと同じ光景が広がっていた。
……いや、よく見るとあの時とは決定的に異なる点がある。
「雪、か……」
「ゆき?」
「そういえば、しおちゃんは雪を見るのは初めてでしたね」
「うん」
ガラス戸にぴったりと手を当てて、降る雪をじっと見つめている汐。
それを見ているとなぜか不安になる。なんだろうか、この感覚は。
「ホワイトクリスマスですね」
「あ、ああ……そういやそうだ。この町じゃ珍しいな」
不安を吹き飛ばすように、渚と汐、ふたりの肩に手を回して身を寄せ合う。
床に置かれたたくさんのだんごたちが、俺を安心させてくれた。
「こうしてると幸せです」
「ああ、俺もだ」
「あたたかい」
これまでもいろいろあった。苦しいこと、悲しいこと……そして楽しいこと。
これからもいろいろあるだろう。苦しいことも、悲しいことも。そして楽しいことだって。
だが何が起ころうとも、こうして身を寄せ合って生きていこう。
目の前に並ぶだんご大家族のように。
――終わり。
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感想などをお題箱で伝えてくれたら嬉しいです!
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*後書き
ある年の、岡崎家のクリスマスでした。テレビの上に載せられただんごのぬいぐるみは天井まで届いてます。色が微妙に違うので、四つ並んでも消えません。
一応この後、「光見守る坂道で」汐編で触れられていた事件が起きる、と本編に続くような妄想をしてますが、それはまた別のお話。朋也の相方がCLANNAD本編にも登場している人物だったりとか、その辺のCLANNAD次世代キャラ妄想もかなり膨らんでるんだけど、断片的にしか形になってないんだよなぁ。やっぱりSS書くのって難しい。ともあれ、楽しんでもらえれば幸せだっ。