とある寒い冬の朝。

すみれ組の教室内はたくさんの子供たちで賑わい、外の寒さも寄せつけない活気に満ち満ちていた。

「子供は風の子」を体現するように朝から元気いっぱいの園児たちの中に、ひとり入り口近くの壁に貼られたカレンダーを見つめている女の子がいた。

カレンダー上面には雪だるまの絵が描かれていて、下の日付欄は21日以後の日付全体が赤く囲まれ「冬休み」と書き込まれている。女の子はその赤く囲まれた日付の内側、24日に目を向けていた。

24日には「クリスマス・イブ」、次の25日には「クリスマス」と書かれている。子供たちにとっては一年に一度の楽しみな日だ。女の子にとってもそれは同じだったが、他の子供たちとは少しだけ意味合いが異なっていた。

(もうすぐママのたんじょうび。ことしは汐もパパみたいに、ママにプレゼントする……!)

小さな両手をぐっと握った女の子……岡崎汐の新たなる挑戦が今、始まった!

小さなサンタさん

「みんな~! 画用紙はある~? クレヨンは持ったかな~?」

「は~~~~い!」

「それじゃ、お絵描き開始~!」

先生の合図で園児たちは各自、描きたいものを描きたいように描いていく。

何も考えずに描き始める子、何を描こうかと考え込む子、クレヨンをケースに入れたり出したりして遊ぶ子……多様な行動にそれぞれの個性が表れていた。

そんな中、最初から題材を決めていた汐はすぐさまクレヨンを手に取って画用紙に向かい、熱心に絵を描き始めた。周囲の喧騒をものともしない親譲りの集中力で、やがて絵を描くことに没頭していく。

そして数十分後。

早々に絵を描き終えた子供たちの席を立つ姿がちらほらと見え始めた頃、クレヨンを置いた汐は完成した絵を無言で眺めながら難しい顔をしていた。

「あーっ! おいしそうなカレーライスだあ!」

不意に汐の絵を覗き込んだ男の子が開口一番、子供らしく素直な言葉を口にした。

「ちがう……」

汐は表情も変えず自分の絵を凝視したまま否定する。

「ちがうよ、まーくん。うしおちゃんは、おかあさんのにがお絵、かいたんだよ」

汐の隣でまだ絵を描いていた女の子が、手を止めて口を挟む。

「ちがう。ママはもっとびじん。これはちがう」

「ええーっ」

難しい顔のままでさらに否定、他でもない汐本人から母の似顔絵を描くことを聞いていた女の子は、さすがに驚きを隠せない。

ともあれ汐は自分の描いた絵に納得いかないようだった。後ろ髪引かれるように似ていない似顔絵をもう一度見てから、意を決して画用紙を机の端に寄せる。

「せんせい、もういちまい」

「あらあら、汐ちゃん頑張るわね~。でも今日はこれでおしまい。続きはまた明日ね」

「うーん……」

素直に頷けない様子の汐に、先生はにっこりと微笑みかける。そして汐だけに聞こえるように小声で言った。

「ママの誕生日は来週でしょ?」

驚く汐に、先生……汐の母の友人である藤林杏は軽くウインクしてみせる。

理解者を得た汐に、いつもの笑顔が戻ってきた。

「うんっ」

(にがお絵は、またあした。つぎは、だんご大家族づくりにちょうせん。だんご大家族だったら絵も描けるから、きっとつくれる)

教室でお絵描きの次は、外で遊ぶ時間だ。

敷地内の遊具で楽しそうに遊ぶ子供たちの中で、汐は砂場に座り込んでいた。周囲の砂を一ヶ所にかき集め、両手でぺたぺたと固めている。

やがて、いびつな球形をした砂山ができあがった。

「…………」

無言でそれをじっと見つめる汐。

「うしおちゃんは、なにつくった?」

近くにいた女の子が声をかけてくる。

「ちがう……」

しかし汐の耳にはまったく届いていないようで、砂山を睨みつけるくらいに凝視しながらぽつりと呟いた。

「すごーいっ、やきゅうのグローブだあ!」

そこへ元気に走ってきた男の子が開口一番、子供らしくも素直すぎる残酷な言葉を口にした。

「ちがうよ、まーくん。これはキャッチャーミットっていうんだぞっ」

「え~? グローブだよぉ」

「おれ、キャッチャーミットもってるもん。まちがいないって」

別の男の子も交えて物議を醸している中、汐の身体が小刻みに震えていた。

「ちがうっ」

もう一度大きな声で否定した汐は、いきなり後ろ足を大きく踏み込んでその場で跳躍。華麗に宙を舞う!

弧を描くように両足を反転させ、自分で作った砂山の上に勢いよく着地する。そして、えぐるようにつま先を砂山にめり込ませると、その場でギュルギュルと回転し始めた。

「でたぁ! うっしーのひっさつわざ、レインボースクリュー!」

「グローブがバラバラにっ!」

「だーかーらぁ、キャッチャーミットだってば!」

「うしおちゃん、かっこいい……」

周囲の子供たちが盛り上がる中、当の汐は自分の手で創造して自分の足で破壊した、だんご大家族――本人は認めたくないようだが――の残骸を見ながら、己の不器用さを嘆いていた。

(だんご大家族だけは、とくいだったのに……)

汐の挑戦はその後も続いたが、汐にとって満足な結果を出すことはできず、幼稚園で過ごす時間も終わりを告げようとしていた。

迎えが来た子供たちは、母親に手を引かれ家に帰っていく。

親の迎えを待ちながら遊具で遊んでいる子供たちをよそに、汐は昼間遊んだ砂場を横切って大きな木の下へ向かっていた。

「なべー」

汐が手を振りながら駆けていった場所には、一匹の獣が身体を丸めていた。

「なべ」と呼ばれたその大きな獣は本当は「ボタン」という名前で、汐の担任である杏がウリボウの頃から飼っていた猪だった。今はこの幼稚園のペットとして子供たちにも大人気だ。

汐の声に反応して耳をぴんと立てたボタンが、のっそりとその巨体を起こす。

「なべー、だんご大家族~」

「ゴフー、ゴフー」

「はい」

「ごふ~~」

駆け寄った汐がパチンと手を叩くと、ボタンは両足を縮めて全身を覆う長い体毛の中に隠し、丸まった。たちまち毛むくじゃらの巨大な茶色い球体ができあがる。

それはまるで山の中を転がって旅人を驚かせると言われる妖怪「土ころび」のようで、汐の思い描いていたものとは大きくかけ離れていた。

「……ちがう」

ぽつりと呟いた汐は、もう一度手を叩く。

合図と共に、ボタンは両足を伸ばして元の姿勢に戻る。

「ありがと、なべ」

「ゴフ~……」

よしよしとボタンの身体を撫でる汐だったが、その表情は冴えない。それを感じ取ったのか、ボタンも残念そうな顔をしているように見えた。

「あら、ボタンと遊んでたのね」

そこへ杏が姿を見せる。

「うん」

「ゴフー」

汐とボタンは息を合わせるように返事をして杏に駆け寄った。

「なべにだんご大家族になってもらおうとしたけど、ちがった」

「だんご大家族? 汐ちゃんはだんご大家族が好きねぇ」

「たますじにでてる?」

「球筋?」

汐は両手を合わせてバットを持つポーズをとってみせる。それに反応するように隣のボタンがまた身体を丸めた。

「あっきーがいってた。たますじに、でまくってるんだって」

そう言って汐はエアバットをスイングさせた。同時に、隣のボタンが丸めた身体のまま地面を転がっていった。

汐の言う「あっきー」とは、汐の祖父である秋生のことだ。この町でパン屋を経営していて、汐ともよく遊んでいる。

女の子の汐が男の子以上に活発、かつ稀有な身体能力を発揮するようになってしまったのは、秋生の与える影響が大きいと杏は考えていた。

だが杏は知らなかった。汐にとっては、以前目撃した藤林先生の辞書投擲という名の遠距離攻撃が「やきゅうのぴっちんぐ」に活かされているということを。こと投力に関しては、杏が最も影響を与えていると言えよう。

「だんご大家族の球筋……跳ねるように歩くとか渚が力説してたし、イレギュラーバウンドのことかしら。汐ちゃんが野球してるとこ、先生は見たことないからねぇ」

「ざんねん……」

何が残念なのかわからなかったが、杏は本来の目的に戻ることにした。

「さ、汐ちゃん、ママが迎えにきたわよ」

「はーい」

母、渚と手を繋いで家に帰ってからも、汐はずっと考え続けていた。うんうんと唸るたびに、机の上に広げられた紙に円が描かれていく。

だんご大家族の絵だったらこうやっていくらでも描けるのに、どうして立体的なだんご大家族が作れないのか。幼い汐には難しい問題だった。

『それじゃあ、パトロールにいってきます』

テレビから聞き覚えのある声がして、汐の高い集中力が途切れる。

見ると、生きているあんパンが大活躍するアニメの再放送だった。

『気をつけて、いってらっしゃい』

背中のマントで空を飛んでパン工場から出ていくあんパンを笑顔で見送ったジャムおばさんが、なんだかよくわからない物体をこねてパンを作っているのを見て、汐の頭上に豆電球が輝いた。

「ママー」

汐の呼びかけに、渚が台所から顔を出す。

「どうしましたか、しおちゃん」

「あっきーのところ、いきたい」

夕方。

買い物に出かけた渚と汐は、スーパーへ行く前に渚の実家、古河パンに立ち寄っていた。

汐の祖母である早苗が渚と話をしている間、汐は店のそばの小さな公園で祖父の秋生とキャッチボールをしていた。

オレンジ色に染まった冬空の下、白球がふたりの間を何度も往復する。

「汐は筋がいいな。将来はプロ野球選手になれるぞ」

「たますじにでてる?」

「ああ。球筋に出まくってるぜ」

親馬鹿ならぬ爺馬鹿と化した秋生はご満悦だ。

汐にボールを投げ返したところで、秋生は今まで身につけていたグローブをベンチに向かって放り投げると、新しくグローブをつけなおしてその場にしゃがみ込む。

「よーし汐、いっちょ全力で投げてこい」

秋生が新たに身につけたのは……そう、キャッチャーミットだ。

キャッチャーミット! 今の汐にこれはいけない。

「……ちがう」

自然と汐の拳に力がこもる。

「あん? 何が違うんだ?」

「ちがうもんっ」

秋生は目を疑った。汐の小さな手には収まりきらないはずのボールが、ひしゃげたように見えたからだ。

そして勢いよくその手から放たれたボールはいびつな楕円形に見えるほどに歪み、左右に大きく揺れながらすさまじいスピードでキャッチャーミットに……秋生に向けて飛んでくる。

近づくに連れて左右の揺れは大きくなり、しまいには残像によってボールが多数に見えるほどになっていた。

「く……っ」

不意をつかれて狼狽した秋生だったが、すぐに残像の中から本物のボールを見極め、捕球してみせる。バシィ!とミットが乾いた音を立てた。

「ひゅう……こいつはたまげたぜ。まさかこの年でもう魔球を編み出すとは……」

秋生がミットを叩きながら立ち上がる。

なんだかよくわからないが、汐は知らないうちにまた新しい技を身につけてしまったらしい。

汐は「分身魔球」を覚えた!

「あっきー」

「あん?」

キャッチボールが一段落ついたところで、汐は話を切り出した。

「パンのつくりかた、おしえて」

「なんだ、汐はパン屋になりたいのか? うちのバイトですら一月と続かなかった父親とはえらい違いだな」

「あっきーのパパ?」

「違う、おまえのパパだ。俺の馬鹿息子……」

そう言いかけた途端、秋生はいきなりしゃがみ込んで頭を抱える。

「ぐおおぉーっ!」

ひとしきり地面をごろごろと転がった秋生が身体についた土埃を払って立ち上がるまでの間、汐はじっと待っていた。この奇行も汐にとっては日常茶飯事、慌てるようなことではなかったからだ。

「……ごほんっ。で、なんだ?」

「だんご大家族パンをつくる」

「だんご大家族パンだとぉーーっ!」

秋生が大げさなジェスチャーも交えて驚いてみせる。

「悪いことは言わねぇ。やめとけ、汐」

「どうして?」

「だんごか、パンか、どっちかにしろ。混ぜるな」

「うーん……」

汐が悩むように「うーん」と言う時は、自分の考えを押し通したい気持ちを我慢している時だ。

孫が、娘の渚に似て意外と頑固なところをよく知っている秋生は、からめ手でいくことにした。

「しゃあねぇな。見せてやるよ、だんごパン」

「ほんとっ?」

「実物を見りゃ、おまえもやめたくなるだろ」

バットを肩に担いで公園を出る秋生の大きな背中を、汐は喜びを表すスキップで追いかけて古河パンの中に入った。

外よりもだいぶ暖かい店内には、時間帯のせいもあって誰もいなかった。

店の奥から話し声が聞こえる。渚と早苗は居間にいるようだ。

パンが山積みになっているトレイの前へと迷うことなく向かった秋生は、そこに載せられたひとつのパンをちぎるように取ってくる。

「ほーら汐、だんごパンだぞぉ~」

「ちがう。それはクリームパンのあたま」

「ちっ、これがイモムシクリームパンの頭部だとよく気づいたな」

秋生はトレイから胴体を取ってきて先ほどの頭部に無理矢理くっつけると、汐に差し出す。そのパン(?)は名前の通りイモムシの形をしていた。

「食うか?」

「いらない」

「へっ、危険を察知するのにも長けてやがる。さすがは我が孫だ」

トレイの上にパンをぽいっと投げ捨てる。この人にはパン屋の自覚が足りないようだ。

「とにかく、だ。汐、おまえが作ろうとしてるもんは、今おまえも『いらない』と言った早苗のパンと同じくらい危険なもんだ。やめとけ」

「あっきー」

「あん?」

「さなえさん」

秋生の背後をびっ、と指差す汐。

恐る恐る後ろを振り返った秋生が見たものは……お約束通り目にいっぱいの涙を浮かべた妻、早苗の姿だった。

「わたしのパンは……わたしのパンは……」

「ぐあ……」

秋生の口が大きく開き、くわえていた火のついていないタバコが床にぽとりと落ちる。

「古河パンの危険物だったんですねーーーーっ!」

だっ!と走り去っていく早苗。山積みになったパンをすべて口に詰め込んで、秋生もすぐに走り出す。

「俺は大好きだーーーーーーっ!」

パンを口いっぱいに頬張りながらそう叫んだ秋生が早苗を追って外に飛び出し、店内には誰もいなくなってしまった。

「…………」

汐にとってはこの光景も見慣れたものだったが、こうなっては「だんご大家族パン」を作ることは叶いそうもない。

結局、ふたりの大声を聞いて店の奥から出てきた渚と一緒に古河夫妻が戻ってくるまで待つことになり、汐は目的を果たすことなく古河パンを後にした。

(ざんねん……)

こうして一日、二日と時は過ぎ行き、汐は母の似顔絵を懸命に描き上げた。藤林先生にも太鼓判を押してもらい、ついに汐は母の誕生日プレゼントを手に入れた! 折りしもそれは、幼稚園が冬休みに入る前日のことだった。

母の誕生日まで、あと数日。

汐はもうひとつ考えていたプレゼント、だんご大家族について思案を巡らせていた。

***

冬休み最初の日。

仕事に出かける父、朋也を母と一緒に見送った汐は、朝食の片づけや衣類の洗濯などの家事を手伝う。

家事を終えてしばらく休憩した後、汐は音楽教室へ通うために母に連れられて外へ出かけた。

手を繋いで歩くこと数十分。一軒の家の前で足を止めると、渚に抱き上げてもらった汐が呼び鈴を押す。

「はーい」

すぐにくぐもった声が家の中から聞こえてきて玄関のドアが開く。

「せんせい、おはようございます」

「はい、おはようございます、汐さん」

ドアを開いた女性の足にしがみついた汐は歯を見せて元気に笑う。女性も優しい笑顔でそれに応え、汐の頭をそっと撫でた。

「渚さん、おはようございます」

「おはようございます、仁科さん」

顔を上げて渚に笑顔を向ける音楽教室の先生……仁科りえは、渚の学生時代からの友人だった。

「まだ時間もありますし、よろしければ渚さんも上がっていってください」

「あ、はい、お邪魔します」

「おじゃましまーす」

仁科に連れられてふたりはリビングに入る。

窓際に大きなピアノが置かれた日当たりの良い居間、ここが「仁科音楽教室」の教室だった。今日は時間が早いため、そこにまだ子供たちの姿はない。

しばらくの間ソファーに座って仁科と歓談していた渚だったが、頃合いを見て席を立つ。

「仁科さん、汐をよろしくお願いします」

「ええ、責任を持ってお預かりします。また今度、ゆっくりとお話しましょう」

渚は汐に手を振ると、最後にもう一度頭を下げてから居間を出ていった。

「せんせい」

手を振り返していた汐は、渚が退室するとすぐさま話を切り出す。

「なんですか? 汐さん」

「うんとね、プレゼント」

「プレゼント?」

「だんご大家族の」

まだ拙い汐の表現をこれまでの経験からしっかり読み取った仁科は、笑顔で答えてみせる。

「……ああ、お母さんの誕生日プレゼントですね」

「うん」

「汐ちゃんもプレゼント、用意したの?」

しゃがみ込んで視点を汐に合わせた仁科は、音楽の先生としてではなく母の友人として、改めて汐の相談に乗る。

「うん。でも、だんご大家族もママにプレゼントしたい」

「だんご大家族というと、ぬいぐるみとかキーホルダーとか……今も売ってるのかなぁ。……あっ! 私、だんご大家族のCDなら持ってますよ。それに、手作りのプレゼントというのも素敵ですね。どういうのがいいんですか?」

「うーん……ぜんぶ」

「まあっ……。ふふっ、汐ちゃんは欲張りさんですね」

汐の意外な言葉に少し驚いた表情を見せた仁科だったが、すぐに目を細めて微笑む。

「でもね、汐ちゃん。プレゼントは必ずしも形あるものである必要はないんですよ」

首を傾げる汐に、仁科は言葉を続ける。

「例えば……」

片手をそっと胸の前に置くと、目を閉じて歌い始めた。

Happy Birthday to You......

それは汐も自分の誕生日に聴いた歌。誕生日を祝う歌、バースデイソングだった。

「……ね?」

一区切り歌ってみせると、仁科は小首を傾けて目配せした。

「お歌をプレゼントするの?」

「そう。汐ちゃんのママになら……」

仁科が人差し指をぴんと立ててみせる。

「だんご大家族」

ふたりの声が重なった。

「ふふっ、正解です」

「うんっ、ママにお歌もプレゼントするー」

乗り気になった汐は両手を高く掲げて喜びの感情を示す。

「それじゃあ、みんなが来るまで一緒に歌ってみましょうか」

立ち上がった仁科は窓際のピアノへ向かうと、椅子に腰を下ろして鍵盤の蓋を開く。そして一音ずつ確認するように音を響かせた。

「さん、はいっ」

一通り音を確認した後、汐に対してリズムを取りながら演奏に合わせて歌い始める。

「だんごっ、だんごっ」

「だんごっ、だんごっ」

仁科の後を追いかけるように汐も歌い始めた。

「だんごの家族は大家族~♪」

「それ、ちがう」

「……え?」

汐をリードして次の節を歌い始めた仁科を、汐がすぐに制止する。

「せんせいのは『だんご だんご だんご』、ママに歌うのとはちがう」

「えっと……もしかして、なかよしだ~んご♪ のほう?」

歌声に合わせたピアノの一フレーズを聴いて、汐はこくんと首肯した。

「……こほん。ご、ごめんなさいね~。先生、だんご大家族って言ったらこっちが出てきちゃって」

学生の頃、渚にも同じようにダメ出しされたことを思い出した仁科は、やっぱり親子なんだな……と当たり前のことに感慨を受けつつ苦笑いを浮かべた。

ちなみに、仁科が持っているというだんご大家族のCDは先の『だんご だんご だんご』だけではなく、『だんご大家族』、『元祖だんご大家族』、『音頭だんご大家族』と、だんご大家族マニアの渚もびっくりのラインナップを揃えていたのだった。

その夜。

夕食を終えた岡崎家では汐の父、朋也が机の前であぐらをかいて新聞を読んでいた。時折、机の上に置かれた湯飲みを手に取ってお茶をすする。

台所から聞こえてくる鼻歌と食器を洗う水の音に耳を傾けた朋也は、仕事の疲れが癒やされていくのを感じていた。

そして当の汐は、朋也の足の上にちょこんと座り込んで机の上に広げた料理の本を読んでいた。厳密には食べ物の写真を見ていた、と言ったほうがいいのかもしれない。

ぱらぱらとページをめくっていた汐の手が止まる。そしてそのページの写真に釘付けになる。

「朋也くん、お風呂沸きました。今日はパパがしおちゃんと入る番です」

「おう」

台所から顔を見せた渚に応えて新聞を置いた朋也は近くに吊るしてあったバスタオルをたぐり寄せると、自分の足の上に座る娘に声をかける。

「汐、風呂沸いたってさ。今日はパパと入るぞ」

「うんっ」

顔を上げた汐は笑顔で立ち上がり、同じように吊るしてあった小さなタオルをジャンプして掴み取った。

「うーさむさむ」

「さむさむ~」

カーテンで仕切られたキッチン兼用の狭い通路で服を脱いだふたりは、身体を縮こませながら浴室に入る。

岡崎家のお風呂は狭い。浴槽も小さいのでふたりで入ることはできない。それでも身体の小さい汐とならふたりで入れるため、朋也と渚は交代で汐と一緒にお風呂に入ることになっていた。

パパやママと一緒にお風呂に入るのが大好きな汐だったが、最近はひとりでお風呂に入ることにも挑戦したいと密かに思っていた。

「あったか~い」

「よーし、まずは身体洗うからな。そこに座って」

「はーい」

100円ショップで買ってきた小さい風呂椅子に汐は腰を下ろす。

「こしょばゆい~」

「動くと余計に時間がかかるぞ。我慢だ」

「うん、がまん」

父のタオルから逃げるように身体をもぞもぞと動かしていた汐は、ぎゅっと目をつぶって動きを止めた。

「終わったぞ~」

「こんどは、汐がパパをあらうー」

「おうっ、頼む」

座ったままでふたり揃って向きを変えると、汐は手に持ったタオルで父の大きな背中をごしごしと洗う。

「パパ」

「なんだ、汐」

背中を流しながら、汐は話を切り出す。

「だんごのつくりかた、おしえて」

「だんご?」

「うん」

(そういえば、さっきも渚が置いてた料理の本を熱心に読んでたな)

汐の考えていることがある程度想像できた朋也だったが、念のため聞いてみる。

「渚に……ママには聞かないのか?」

「ママには、ないしょなの」

すべてを察した朋也は、娘の思いに目頭が熱くなるのを感じていた。

「そっか……よし! パパに任せとけ」

肩越しに振り返って笑顔で答える父の背中に、思わず抱きついてしまう汐だった。

「わーい、パパだいすきっ」

「おうっ! パパも汐が大好きだぞっ」

***

ついに誕生日前日となった。

その日は朋也の仕事が休みだったため、家族揃って古河家を訪れていた。

「じゃあ、昼まで汐と出かけてくるな」

「はい、いってらっしゃいです」

いつも以上に張り切って昼食を用意している早苗を手伝うことになった渚に見送られ、朋也は汐と手を繋いで古河家を後にした。

そして数十分後、ふたりは一軒の家の前に辿り着いた。

庭先の花壇にじょうろで水をやっていた女性が朋也たちに気づいて笑顔で迎えてくれる。

「岡崎さん、汐ちゃん、いらっしゃい」

「すみません、今日は突然お邪魔しちゃって」

「あらあら、気にしないでくださいね。愛もふぅちゃんも喜びますから。もちろん、私もです」

「そう言ってもらえると汐も喜びます」

笑顔で挨拶を交わすふたりを見上げて、汐が朋也のズボンの裾を引っ張る。

「あいちゃんちで、だんご大家族つくるの?」

「ああ、昨日芳野さんに頼んどいた」

ぐっ、と親指を立てる朋也に汐も親指を立てて応えると、ふたりは女性……公子に連れられて芳野家に上がった。

「しおちゃん、いらっしゃーいっ」

「ついに風子の妹になることを決心してくれましたかっ」

家に入るとすぐに女の子ふたりが朋也たち……というか主に汐を出迎える。

姉妹のようにも見えるふたりだったが、実は叔母と姪の関係だった。

「あいちゃん、ふぅちゃん、おはようー」

「そこは風子おねぇちゃんと呼んでほしいですっ」

「はいはい」

公子の妹、風子の妄言を軽く流した朋也は、汐の手を引いて芳野家のキッチンへと向かう。

広いキッチンに低めのテーブルを借りて設置し、その上に朋也が昨日スーパーでしこたま買い込んだパック入りのだんごを平積みにする。

「よーし汐、今日は芳野さん家の台所を借りてだんご大家族を作るぞ」

「おー!」

汐は右手を上げてかけ声をあげる。やる気まんまんだ。

「しおちゃん、ふぁいとー」

「何か手伝えることがあったら言ってくださいね」

「風子、汐ちゃんを手伝います」

「ダメよ。ふぅちゃんが手伝ったら、ぜんぶヒトデになっちゃうでしょ?」

「んーっ、その可能性は否定できないですっ」

芳野家の賑やかな面々もキッチンに集まっていた。

「でも汐からママへのプレゼントだから、がんばって汐がつくりたい」

ぐっと小さな両手を握ってみせる汐の姿に、周囲の空気がより和やかになる。中でも風子は汐の可愛さにノックアウト、目を細めて別世界へトリップした。

「その意気だ。まずはパパが作り方を教えるからな。時間もあんまりないから、間に合いそうになかったら手伝ってもらおう」

「うんっ。汐がいちばん、たくさんつくれるようにがんばる」

パックを開いてだんごを取り出した朋也はスーパーの袋から小さな赤い瓶を取り出す。

「食紅だ。要は食べられる絵の具だな。これでだんご大家族の顔を描く」

「おおー」

朋也が食紅をつけた竹ひごでだんごに顔を描いてみせると、汐から感嘆の声があがる。

「こう?」

朋也を真似て、今度は汐がだんごに笑顔を描く。

「そうだ。うまいぞ、汐」

「えへへ……」

褒められた汐は照れ笑いを浮かべて頬を掻く。

「って、自分のほっぺに描いてるぞっ」

「わあっ」

思わず竹ひごを放り出してしまった汐だったが、隣にいた公子の娘、愛が見事にキャッチしてみせる。

「ありがとう、あいちゃん」

「えへ~。あいも、かいていい?」

「うん」

ふたりで竹ひごを持ってだんごと向かい合う。

「しおちゃん、なかよしだんご~」

「あいちゃん、すごーいっ」

仲睦まじい姉妹のようにじゃれ合いながら、だんごに顔を描いていく。

そこへしばらく席を空けていた公子がタオルを手に戻ってきた。

「さあ汐ちゃん、顔拭きましょうね」

「風子おねぇちゃんが拭いてあげます」

公子からタオルを受け取った……というか奪い取った風子が汐の頬を拭く。

「ありがとう、ふぅちゃん」

「そこは風子おねぇちゃんと呼んでほしいんですが……風子も描いていいですか」

「うん」

竹ひごを受け取った風子がだんごに顔を……やっぱりヒトデだった!

「それ、ちがう」

「ダメと言われると余計に描きたくなるお年頃ですっ」

「そんなんだから子供扱いされるんだよ」

「汐ちゃんのお父さんはとても失礼ですっ」

風子がびしっと朋也を指差す。

「自慢じゃないですけど風子、今年は身長が3センチも伸びました。来年にはこの天井に頭が届くくらいになっていることでしょう」

「そこまではでかくならないからな」

こうして、終始和やかな空気で「だんご大家族作り in 芳野家」は終了。

袋いっぱいのだんご大家族(一部、ヒトデ大家族)を両手で持った汐の瞳はきらきらと輝いていた。

***

いよいよ、その日がやってきた。

朝から高揚した様子の汐だったが、晩ご飯の準備を手伝っている間も落ち着きなく台所を動き回ってはそわそわしていた。

「しおちゃん、何かうれしいことでもありましたか」

「うん。どきどきしてる」

「どきどき?」

「ちぃーす、佐久間リサイクルショップだぞーっ!」

ドアが開かれる音と同時に、外から男の声がした。

「はいっ、どちらさまでしょう?」

マイペースに返事をする渚と一緒に、汐はぱたぱたとスリッパの音を立てて玄関へ向かう。

「メリー・クリスマス!」

玄関で待っていた赤い衣装を着た三人は、声を合わせてそう告げた。

「わあ……サンタさんですっ。今年もサンタさんが来てくれましたよ、しおちゃんっ」

「おかえりなさい、パパっ」

「あっ、サンタさんは朋也くんでしたっ」

方向性は違えど、ふたりは感激の声をあげた。サンタの格好をした朋也は複雑な表情で頭を掻く。

「こんばんは、あっきー、さなえさん」

「おうっ、汐は今日も元気だな」

「こんばんは、汐」

「あっ、よく見たらお父さんとお母さんですっ」

父に抱きついた後は普通に挨拶する汐とは対照的に、渚は反応に忙しい。

何はともあれ、三人のサンタが家に上がる。賑やかな夜になりそうだった。

家族でテーブルを囲むように座って一息つく。

「お父さんとお母さんまでサンタさんになってて驚きました」

「驚くのはまだ早いぞ」

そう言って朋也が紙袋から赤い衣装を取り出す。

「今年は家族みんなでサンタだ。もちろん、渚と汐のぶんも借りてきたぞ」

「汐もサンタさん?」

「わたしもですか?」

衣装を受け取ったふたりは、エプロンを外して自分の身体に当ててみる。さすがに上着は脱がないと着られそうにない。

「それじゃあ、ちょっと恥ずかしいですけど着替えてきます。しおちゃん、いきましょう」

「うんっ」

脱衣所代わりの狭い通路にふたりで入ると、カーテンを引く。

「サンタっ、サンタっ」

カーテンの向こうからは着替えの間ずっと汐の「サンタ大家族」な替え歌が聞こえてきていた。

そしていよいよ、渚サンタと汐サンタが姿を見せる。

「おおっ……!」

朋也と秋生が同時に感嘆の声を漏らす。早苗も笑顔で両手を合わせる。

「似合ってますよ、ふたりとも」

「ありがとうございます……。でも、なんといいますか、思ったより裾が短いです」

「汐のは、ちょっとおおきい」

汐が手よりも長い袖をぶらぶらと揺らす。早苗が袖をまくって折り返すと、ちょうどいい長さになった。

「ママのは少し小さいみたいです。足がすーすーします」

丈の短いサンタ服を下に引っ張るように手で押さえる渚の姿を見て、朋也と秋生はお互いに親指を立ててみせる。男同士の連帯感に、渚が白い目を向ける。

「朋也くん、目がエッチです」

「なんで俺だけ」

朋也は秋生を睨む。

「へっ、てめぇにゃ下心があるからな」

「んなもんねぇっての!」

「相変わらずむっつりスケベな奴だ。可愛くてちょいエロいサンタ姿の渚とエッチなことしたいと素直に言え」

「言えるかっ!」

「朋也くんはそんなこと言わないですっ」

夫婦揃って顔を赤くする。「するかっ!」ではなく「言えるかっ!」なところが、ある意味素直な朋也であった。

家族全員がサンタになったところで、まずはプレゼントタイム。

朋也はスポーツバッグの中からそれらを取り出した。

「渚、誕生日おめでとう。これは俺とオッサンと早苗さん、三人からのプレゼントだ」

朋也は机の上にだんご大家族の大きなぬいぐるみ……それとヒツジのぬいぐるみを一匹、二匹、三匹、四匹と置いていく。

だんごを中心に円を描くように置かれたヒツジたち。それは家族四人で渚を祝う今の状況を表しているようだった。

「わぁ……ありがとうございますっ」

「かわいい」

渚は顔を綻ばせ、汐が喜びの声をあげる。

「これで九人目のだんご、それにプラス四人だ。もう今年は全員まとめては抱けないからな」

「でも、がんばって一緒に抱いてあげたいです」

「……マジで?」

「わたしも一緒に支えますから、がんばりましょう、朋也くん」

渚は一年にひとりずつ増えてきただんご大家族のぬいぐるみを、テレビやタンスの上から下ろす。

「汐もひとりだっこする。パパ、がんばって」

「わたしも手伝います。みんなでファイトッですよ」

「これくらい軽くできねぇようじゃ、一家の大黒柱は務まらねぇぞ」

それぞれがだんごやヒツジのぬいぐるみをその手に抱き、立ち上がる。こうなっては朋也も後には引けない。

「わかったよ。まとめてかかってこい!」

「ぼうばっ」

朋也のくぐもった声。「どうだっ」と言っているようだ。

渚たちの支えを借りて、朋也は見事に14体のぬいぐるみをまとめて抱きしめていた。

「朋也くん、すごいですっ。すごく可愛いです」

「パパ、すごーい」

「朋也さんは力持ちですね」

「ばぁな」

息苦しいのか照れからか、赤面していく朋也。「まぁな」と言っているようだ。

「へっ、なかなかやるじゃねぇか。だが一家の大黒柱なら、その状態でバク転するくらいでないとな」

「ぼし……って、できるかっ!」

乗せられて一瞬やりかけた朋也だったが、後ろ足を踏んばったところでぬいぐるみを放り出してツッコんだ。

ぬいぐるみを元に戻して、再びテーブルを囲むように座る。

「あ、そうそう。今年はケーキなしな」

「そうなんですか?」

「なんだとぉ! てめぇ……クリスマスケーキのねぇクリスマスなんて、ツノのねぇシャア専用ザクみたいなもんだろがっ!」

「いや、わけわかんないから。つーか、なんであんたが怒るんだよ」

「さては腹減ったからって途中で食いやがったな、てめぇっ」

「んなわけねぇだろ。今年は他に食うもんがあるからな」

言いながら朋也は綺麗にラッピングされた箱をテーブルの上に置く。

「汐」

「うん」

汐が箱の包みを解く。

「これは……」

「汐が作ったんだ」

「いっしょうけんめい、つくった」

不意に、渚の目から涙がこぼれた。

「ママ?」

心配そうに見上げる汐へ向けて、渚はこれ以上ないくらいの笑顔を見せる。

「だんご大家族です」

「うん」

「本当に、大家族です」

「うん、いっぱいつくった」

「ありがとうございますっ、しおちゃん!」

感極まって汐に抱きつく渚。汐はしばらくの間、目を閉じて母の温もりに身を委ねた。

「たくさんあります。みんなでいただきましょう」

「そら百人いるからな。ひとりじゃ無理だ」

「汐もたべる」

「わたしも、いただきますね」

だんご大家族を各々手に取る。

「ママ。これ、あいちゃんがつくったの」

「わたしのは、しおちゃんが作っただんごですね」

「うんっ」

「わたしのは……ヒトデですねっ」

「早苗さん、よくわかったっすね」

「てめぇもぐもぐ、クリスマスにだんご食うとかもぐもぐ、どんなビックリクリスマスだよもぐもぐ……」

「いや、あんためちゃくちゃ食ってるんだけど」

「あたりめぇだろっ、汐の作ったもんだぞ。食うに決まってるだろ」

「あ、それ、俺が作ったやつ」

「ぶっ、てめぇ! 自分で作ったもんは自分で食えっ!」

「言われなくても食うよ」

こうして、汐たちの作った百人だんご大家族(一部、ヒトデ大家族)をみんなでおいしく平らげた。

「ありがとうございます。しおちゃんの作っただんご、とてもおいしかったです」

渚は改めて娘に礼を言う。

「おどろくのは、まだはやいぞ~」

「いえ、すごく驚きましたし、すごくうれしかったです」

父のセリフを真似してみた汐だったが、うまく噛み合っていなかった。

「汐からのプレゼント、まだある」

汐は幼稚園に持っていく小さなカバンをごそごそと探って、一枚の丸まった画用紙を取り出す。

「えっと……」

本当なら「じゃーん」と手に持った画用紙を掲げてみせるつもりだった汐だが、絵の内容を思い出して急に自信がなくなってきた。

「ママ、これ……」

それでも勇気を振り絞って、おずおずと差し出した。

渚は画用紙を受け取って、開く。

「わたしの似顔絵……」

「えっ?」

呟くような母の言葉に、汐のほうが驚いた。

「朋也くんっ、わたしの似顔絵ですっ! カレーライスじゃないですっ」

「ああ! キャッチャーミットでもないぞっ」

汐の絵を見て、ひしと抱き合うラブラブ夫婦。汐にとって不穏な言葉が飛び交っていたが、ふたりのこれ以上ない喜び様に汐も嬉しくなってきたのだった。

「だんごっ、だんごっ」

「だんごっ、だんごっ」

最後は仁科先生から譲り受けたCDを流して、だんご大家族の歌をプレゼントする汐。途中から渚も歌い出し、家族全員の合唱となる。

「……?」

ふと、窓のほうに目を向けた汐は、寄っていってカーテンを引く。

(ゆき……?)

去年の同じ日、汐が生まれて初めて目にしたもの。雪。最初はそれに見えた。

だが"それ"は、閉めきった窓をまるで窓なんてないように通り抜けてきた。

汐は"それ"に手を伸ばす。汐の小さなてのひらに触れた"それ"は、冷たい雪とは違ってとても温かかった。

温かい手を胸に当て、目を閉じて再び歌い出す。

「まちをつく~り、だんごぼしのうえ、みんなーでわらいあうよ」

小さなサンタクロースが運んできた、今の幸せな光景。

人の幸せを、町も祝福しているようだった。

――終わり。

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感想などをお題箱で伝えてくれたら嬉しいです!

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後書き

今年も恒例、岡崎家のクリスマスです。今回は汐メインになりました。最初は朋也と汐のだんご大家族作りだけだったんですが、どうも物足りなくてあれもこれもと詰め込んだ結果、かなり長くなってしまいました。でも書いてて楽しかった。

汐と接点のある面々(直幸以外)がオールキャスト総出演といった感じです。りえちゃんまで登場するのは、にしなどだから……というか以前に汐との接点を書いてたのでどうせなら、と想像を広げてみました。りえちゃんのだんご大家族ネタは渚にダメ出しされるSSを先に書いてたんですが、こっちが先に完成しちゃった。ともあれ、楽しんでもらえたら嬉しいです!