長いトンネルを抜けると、そこは雪国だった。

そんな聞き覚えのあるフレーズが思い浮かぶ、車窓からの景色。

一面の白。

見ていてどこか不安になる雪景色。

「……」

意識して窓から目を離し、降りる準備を始める。

そう。今の俺は、こんな風景を眺めるためにここへ来たわけではない。

間もなく、車掌のくぐもったアナウンスが目的地の名を告げる。

窓の外の白い景色を尻目に席を立つと、開いた扉をくぐって俺は"その地"に降り立った。

北へ。~Dango Daikazoku~

今年も大切な日がやってくる。

毎年、苦労しながらも"それ"を入手してきた俺だったが、今年は例年以上になかなか見つからず苦労した。

最終的には行きつけのおもちゃ屋から得た情報を元に、その店主の身内――俺にとっては学生時代の友人でもある――が住んでいる東北へと足を伸ばしていた。

「よっ、お待たせ」

改札口から雪景色を眺めて身震いしていると、聞き覚えのある懐かしい声がした。

俺は上体を反らせて曇り空を見上げる。

「遅ぇなぁ……」

「空からなんて来ねぇよっ」

あの頃と変わらないやり取りに、思わず顔が綻ぶ。

「そろそろ羽根が生えてきてもいい頃じゃん?」

「羽根なんて一生、生えてこねぇっつーの」

「おまえならいつか生えるって。諦めんなよ」

「生えるかっ!」

久しぶりのやり取りを楽しんでいたが、周囲の白い視線を感じたのでこれ以上はやめておく。

「岡崎のせいで生える生えないって中学生の会話みたいに思われただろっ」

「えっ? おまえ、生えてねぇの?」

「その話題やめろっての……」

時間も距離も関係ない。

俺たちは、会えばすぐにあの頃の調子に戻れるのだった。

「馬鹿やってないで、そろそろ行こうぜ岡崎」

「うむ。よきにはからえ」

「それが休日を潰してまで付き合ってやろうっていう友人に対する言葉ですかねぇ……」

「すげぇいい奴だもんな、おまえ」

「マジでそうだよ……。年末は毎年忙しいからさ、休みも今日明日しかないんだぜ。仕事の愚痴くらいは聞いてもらうからな」

「ああ」

降り続く雪の中を、俺たちは傘を差して歩き出した。

少し歩いたところにある駐車場に入ると、手前に停めてある黒い車に春原が向かっていく。

「ちっ、もう積もってやがる。これだから屋根のないところは嫌なんだよね」

車全体にうっすらと積もった雪を見て、春原が毒づく。

「へぇ……なかなかいい車だな」

「わかる? いいでしょ、これ。ニューモデルだぜニューモデル」

「そんな金、よくあったな……」

「そっちと違ってこっちじゃ車なかったら生活できないからね。車にはこだわらないと」

それはあんまり関係ない気もするが。

「まぁ乗れよ」

「ああ、そりゃ乗るよ」

ドアに付着した雪を払って後部座席に乗り込むと、鞄を隣の席に置いてシートベルトを締める。

間もなく発進のエンジン音と共に聞き覚えのある曲が車内に流れ始め、懐かしい気持ちになった。

「まだこの曲聴いてんのか。おまえも好きだなぁ」

「ボンバヘッ! 最高でしょ?」

学生時代と変わらない話題で春原への土産を思い出し、鞄からCDを取り出す。

「それより芳野さんの新曲聴けよ。これ、おまえのな」

「おっ、サンキュー……じゃあさっそく」

家で渚や汐とも一緒に聴いた芳野さんの歌が流れ、車内の雰囲気も変わっていく。

町や俺……そして芳野さん自身を歌ったそのラブソングも、これでもう5曲目だ。

「こういう落ち着いた曲も、たまにはいいねぇ……」

「だろ? 芽衣ちゃんもめちゃくちゃ絶賛してたからな」

「あいつは芳野さんの曲だったらなんでも絶賛するでしょ」

「まぁ、俺が渡そうとした時にはもう持ってたくらいだしな」

芽衣ちゃんは今も渚と同じ職場なので、顔を合わす機会も結構ある。

その機会に新曲のCDを渡そうとしたのだが、すでに保存用・鑑賞用・布教用と三枚も揃えていたのには驚いた。さすがは年季の入った芳野祐介ファンだ。

「心配すんな。芽衣ちゃんは元気でやってるぞ」

「心配なんてしてません。ていうか、この流れからなんで突然そんな話になるんだよっ」

シスコン兄のために俺の知る芽衣ちゃんの現状を話して聞かせているうちに……春原が予告していた通り、やがて仕事の愚痴へと話題が移っていった。

「最近は残業続きでさ……飲みに行く余裕もないんだよね」

「残業代が出るだけマシじゃん」

「下を見たってしょうがないだろっ」

「うちは天候に左右されるから、長雨で仕事が溜まると残業続きだ。工期が近いのに台風が連続で来た時なんかマジでシャレにならなかったな」

「でもさ、岡崎んところはアットホームな職場って感じするじゃん。それに、あの芳野祐介と一緒に仕事できるんだぜ?」

「いや、芳野さんはあれで結構厳しいぞ。入ったばかりの頃なんて怒られっぱなしだったからな」

「でも今はおまえのほうが上なんだろ? 立場」

「そりゃまぁ、肩書きはな」

俺の今の肩書きは一応、社長補佐だ。

以前白紙になった現場監督の話が(別件だが)再び浮上し、親方に推薦された俺はそこで見習いとして一年ほど働いた。

現場監督としてのノウハウを学んだ俺はその後、親方の会社に戻って芳野さんたちと一緒に「元請けになって会社を大きくする」という望みを叶えるために働いている。

「あの伝説のMCをアゴで使える立場なんだぜ? すげぇじゃん。飯奢らせたりとかさ」

「んなことしねぇよ……」

そもそも「人を使う」ということすら今でも慣れない。

立場上そうは言ってられないから確かに使ってはいるのだが、やっぱり俺は現場で作業している時が一番落ち着くのだった。

芳野さんの曲をメドレーで何周かしたところで、情報に聞いていた店へと辿り着く。

そこは今となっては見かけることも少なくなった、懐かしい佇まいのおもちゃ屋だった。

「じゃあいってくる」

「ほんとにこんなとこにあるのかねぇ……」

半信半疑の春原を車に残して、店の中へ。

自動ですらない引き戸を開くと、猿の玩具がシンバルを鳴らして出迎えてくれた。

「おぉ……」

懐かしさから猿の動きをしばらく眺めていると、店主らしき老人が店の奥から出てくるのが見えた。

「すみません、探している物があるのですが」

俺はさっそく、店主に本題を切り出した。

買い物を終えると、荷物を抱えて店を出る。

「でけぇ! なんだよそれっ」

その途端、車の窓から顔を出していた春原が声をあげた。

「情報通り買うもんは買えたんだが……一緒になんかついてきた」

「抱き合わせ商法でボッタクられてんじゃん」

「いや、980円だったし。ぬいぐるみだけの値段としても安すぎるだろ」

「あ、わかった。それってさ……」

春原の言わんとしていることは聞かなくともわかる。不良在庫だったのだろう。

「だろうな。まぁでも『だんご大家族宝箱』ってやつみたいだから渚も喜ぶだろうし」

「相変わらずのアツアツ夫婦ですねぇ」

「まぁな」

聞き飽きた冷やかしを軽く流す。

最初に冷やかしを否定しなかった時は意外そうな顔をされたものだが、今となっては否定したほうが驚かれるだろう。

「つーわけで、これ入れたいから後ろ開けてくれ」

「あぁ、トランク? スペアタイヤ入ってんだけど……入るかな」

「マジかよ……」

荷物を地面に置いて車の後ろに回る。

春原の言う通りトランクにはスペアタイヤが入っていて、箱を入れる隙間はなさそうだった。

「タイヤ交換しようぜっ」

「さわやかに言うなっ! つーか交換したってスペース変わんねぇし意味ないだろっ」

「そりゃそうだな。まぁ……でかい荷物だけど車の中に入らないことはないか」

「ドアにぶつけんなよ。新車なんだからさ」

「ああ」

箱を横に傾ければ、問題なくドアをくぐらせることができた。

「……よし」

「つーかおまえ、マジでこれ持って帰る気なの? 電車乗る時どうすんだよ……」

「あ……」

言われて初めて気づく。そこまでは考えてなかった。

「持って歩けないことはないと思うが……よく考えたら階段とかやばいよな」

「よく考えなくてもやばいっての」

「だからっつって、郵送も今日からじゃ間に合わないしな。根性で持って帰るしかない」

「岡崎、おまえもいい年なんだからさ……んなもん持って歩いてたら腰やっちまうぞ」

「じゃあおまえが車で送ってくれ」

「今から!?」

降り続く雪のせいで時間がわかりにくかったが、時計を見ると夕方の5時前。今から往復するとなると、日が変わらないうちに帰ってはこられるがおそらく深夜になるだろう。

「……わかったよ。送っていってやる」

だが春原は少し考えてからそう答えた。

明日も休日と聞いてはいたが……自分で言い出しておいて少し気が引ける。

が、ここで遠慮するほうがお互いに気持ち悪いだろう。

「春原は最高にいい奴だなぁ」

「あんた今日はそればっかですねぇ……」

エンジン音と共に、再び車内にボンバヘッが流れ始めた。

「知ってるか? 岡崎。いい奴ってのは、『都合のいい奴』の略なんだぜ?」

ハンドルを切って高速に乗りながら冗談めかしてそう言う春原に、俺も乗っかるようにして返す。

「だから、おまえに頼んだんじゃん」

「少しは否定してくれよっ!」

学生時代と何も変わらないやり取り。

そう。昔も、今も……俺たちは会えばいつも笑い合っていた。

見慣れた駅前商店街の前で、車から降りる。

ここまで送ってもらえば十分だった。

「また来年、だね」

「ああ……今日はありがとな」

気分は学生時代に戻っていても、やはり年を取ったのか思わず素直に礼を言ってしまっていた。

「まぁ……今度はこっちに付き合ってもらうってことでよろしく」

「ああ……」

すっかり暗くなった冬空の下で、春原の車を見送る。

羽織っていたコートのボタンを留めていると、寒さと共に一抹の寂しさを感じて軽く身震いした。

こうして、久しぶりに馬鹿ふたりで過ごした一日が終わった。

渚への誕生日プレゼントは行きつけのおもちゃ屋に預かってもらったので、自分の鞄だけを持って帰宅する。

「おかえりなさい」

「おかえり、パパ~」

家のドアを開くと、さっそく渚と汐が迎えてくれた。

最愛の妻と娘の笑顔。

我が家に帰ってきたという安心感に、今日一日の肉体的な疲れも吹き飛ぶ。

「お風呂、沸いてます」

「そうだな……でもその前に一杯もらっていいか?」

「はいっ」

着替えを終えてテーブルにつくと、さっそく渚がコップにビールを注いでくれる。

「久しぶりに春原さんと会えて、楽しかったですか」

「……」

こういう恥ずかしいことを平然と言ってくるのが、何を隠そう俺の嫁だ。

俺はグイっとビールをあおると、その勢いに任せて答えた。

「ああ」

――終わり。

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感想などをお題箱で伝えてくれたら嬉しいです!

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関連SS

後書き

毎年恒例の渚誕生日SS、今回は二年前にだんごリバイバルの後書きでも触れた春原との東北冒険編でした。

基本的に自分の経験にない職業絡みの会話とかはそれっぽくなるように調べてから書くのですが、そこは付け焼き刃が通じているか心配な部分でもあります。それっぽい雰囲気を感じてもらえたら嬉しい。

Twitterの140字SSでも一番多く書いてるだけあって、朋也と春原のやり取りを考えるのは楽しいです。その楽しい気持ちが少しでも伝わっていればいいなぁ。