『町を彩る色とりどりのイルミネーション、今年もこの季節がやってまいりました!』

「彩る色とりどり……って、語呂悪すぎだろ」

適当に垂れ流していたテレビにツッコミを入れつつ、電源を切る。

「こんな時間じゃ、見たい番組もないな」

テレビと入れ替わりにこたつをつけて、机の上に新聞を広げる。

今日は珍しく仕事が早く終わって時間を持て余しているが、夕方はどこもバラエティー系のニュース番組ばかりでつまらない。普段スポーツ番組くらいしか見ない俺にとっては、どれも似たようなものなのかもしれないが。

「朋也くん、お茶淹れましょうか」

手持ち無沙汰でいると、渚が居間に入ってきた。のれんを静かに押しのける見慣れた仕草が毎回ぐっとくる。さすがは近所でも美人の若奥様として有名な我が妻だ。

「おう、頼む」

「お義父さんが贈ってくれた良いお茶がありますので、淹れてきますね」

台所に向かう渚の後ろ姿をむらむらしながら見送って、テレビのほうに視線を戻す。

「今年もこの季節が、か……」

そう、今年もこの季節がやってきたのだ。

テレビの横に目を向ければ、そこには壮観な光景が広がっている。

居間の隅に鎮座するは巨大なだんご。テレビ台より大きいその巨体、圧倒的な存在感……三年前にプレゼントした幻の一品、「だんご大家族宝箱」だ。これを手に入れた経緯は話すと長くなるし苦労もしたが、わざわざ東北まで足を伸ばした甲斐はあった。

箱を開ければ、その中に入っているのはだんご大家族のぬいぐるみ。数にして十八個(+ヒツジのぬいぐるみ四匹)。このぬいぐるみの数こそが俺と渚、そして汐が育んだ年月というわけだ。

当初だんごはテレビの上に載せていたのだが、何もかも変わらないものはない。五年ほど前、ついにというか長持ちしたほうというか我が家のテレビも寿命を迎え、上に物が置けない薄型モニターになってしまった。

なくなってしまった場所……その置き場を模索した結果、だんごたちの新しい場所となったのがこの「だんご大家族宝箱」だった。

「我ながらよく集めたもんだ……」

感慨深く箱からだんごをひとつ取り出し、顔を埋める。渚と汐の匂いがした。

「ただいま~っ!」

ドアが開いた音と同時に元気な声が響く。どうやら汐が学校から帰ってきたようだ。

帰ってくるなりドタバタと階段を駆け上がる音が聞こえて自分の部屋に駆け込んだのかと思うと(ちなみにそこは俺が昔使っていた部屋だ)、すぐにドタバタと階段を駆け下りて足音がここに近づいてくる。見たいテレビでもあるのだろうか。

「おかえり汐、今日は――」

「パパっ、非常事態だよっ!」

だんごリバイバル

文字通り居間に飛び込んできた我が娘が、いきなりそう告げた。ドタバタしながらも制服からきちんと着替えているところは渚の教えのおかげだ。

「非常事態とは大げさだな」

「大げさじゃないよっ、どうしようパパ……」

「学校で何かあったのか? ……って、まさか……」

嫌な予感がする。

「告白された、とか言うんじゃないだろうなっ」

「へっ?」

「ダメだダメだ! 汐と付き合いたいなら、まずはこの俺を倒してからにしろっ!」

「やだなぁ、そんな人いないよ。できたら真っ先に言うし」

「おまえは可愛いからな。ヘンな男に引っかからないよう気をつけろよ」

「そ、そうかな……」

頬を染めて照れる娘。この姿を見て惚れない男などいない。

たとえ汐のほうにその気がなかろうと、学校の男どもはそうではない。俺がこの手で娘を守ってやらなくては!

「そう言って、また学校まで行ったりしたらダメです」

「なっ!?」

いつの間にか、お盆を持った渚が隣に立っていた。

「用もないのに学校に入っちゃダメです。しおちゃんだけでなく、勉強しているほかの人たちや先生にも迷惑がかかります」

「お、俺は仕事のついでにちょっと顔を見に行っただけで……」

「学校の中でお仕事ですか?」

湯飲みを机の上に置きながら、渚が見つめてくる。

「い、いや……スパナが校門の中に落ちたもんだからさ……」

「わざと投げましたか?」

図星をつかれる。

じーっと渚に見つめられ続け、堪えられなくなった俺は目を逸らした。

「……わざと投げました」

「これからはダメですよ」

禁止されてしまった……こうなりゃ道連れだ。

「実はオッサンも一緒だったんだ。あの人、俺より暇だからな、しょっちゅう学校に行ってるんだぜ」

「え? 本当ですかっ? しおちゃん」

「うん、アッキーもいたよ。俺様は秋生様ではない、って言い張ってたけど」

「……ちょっと電話してきます」

よし!

思わずガッツポーズを決めた俺を見て、汐がくすくす笑う。

「パパ、子供みたい」

「そんなことはない。屋上からロープ垂らして教室に入ろうとしたオッサンのほうが子供だ」

「パパは校旗掲揚のポールをよじ登ってたけど」

「よじ登るのが俺の仕事だからな」

「いや、さすがにそこは登っちゃダメでしょ……」

そして数十分後。

「しおちゃんにも、お茶淹れました」

「ありがとう」

家族三人、こたつを囲んでお茶を飲む。これぞ日本の冬といった趣だ。

「ふうっ……外寒かったから、あったかいお茶が体に沁み入るねぇ……」

汐が息をついて、おばさんくさいことを言いながら目を細める。

「……って、それどころじゃないんだってばっ!」

一通り飲み終えたところで、汐は机に両手を突いて勢いよく立ち上がった。非常事態とやらを思い出したらしい。

「ママ、ちょっと出かけてくるねっ!」

「またお出かけですか? 晩ご飯までには帰ってきてくださいね」

「うん、もちろん! それと、パパも借りてくねっ」

「へっ? 俺?」

ついでみたいに言われる。

「それじゃ、もう一回いってきまーす!」

「いってらっしゃい」

なんだかよくわからない間に、汐に手を引っ張られて玄関を出る。引っ張られながらもコートを掴み取って羽織ったが、それでも外は寒かった。冷たい冬の風に身を震わせる。

まあ、こうやって愛娘に手を引かれるのも久しぶりなので悪くはないな。むしろ気分が良い。

「……で? 一体どこに行くんだ?」

「商店街だよっ」

「駅前か。何かあったのか?」

「着いたらわかるからっ!」

夕暮れの景色に目を向けながら汐に引っ張られ続け、やがて町の中でも一際明るい場所……商店街が見えてくる。あそこの街灯を取り替えたのは半年前。特に不調も見当たらず、今も眩しいくらいの光を放っていた。

「な、なんだこりゃあ……」

そして辿り着いた場所……商店街の一角に広がる壮観な光景に思わず息を呑む。

おもちゃ屋の店頭を埋め尽くす丸い物体。見間違うはずもない。さっき家で見てきたばかりのだんご大家族だった。

「ねっ? 非常事態でしょ?」

「あ、ああ……つーか、なんでこんなにいっぱいあるんだ? どっかの倉庫から不良在庫でも出てきたのか?」

しかし、それにしては経年劣化がなさすぎる。これまでにだんごを十八個も集めてきた俺の目が確かなら、このだんごは作られてそう年月が経っていないように見えた。

「よぉ、古河の息子じゃねぇか。久しぶりだな」

俺たちの姿を見てか声を聞いてか、ここの店主が外に顔を出した。俺はさっそく疑問をぶつける。

「おいオヤジ! なんだこれはっ!?」

「ああ、これかい。だんご大家族クッションさ」

「クッションだとぉ!?」

だんご収集歴十八年の俺も聞いたことがないものだった。

「新商品だ。結構売れてるんだぜ。来年にはだんご大家族がまた流行りそうだな」

まさか新商品とは思いもしなかった。我が家では局地的大ブームがずっと続いているだんご大家族だが、世間一般では二十年以上前に流行った懐かしの歌、という印象だったはず。なんでまた流行りだしたんだ?

俺と同じ疑問に至ったのか、だんご大家族に関しては渚に負けずとも劣らない熱意を持つ汐が真剣な眼差しでだんごを見つめていた。

「あたしとしたことが……いつの間にかブームになってることに気づかなかったなんて……」

「何言ってんだ、この再ブームの火付け役はあんたじゃねぇか」

そう言ってオヤジが指差したのは、意外にも汐だった。

「へっ? あたし?」

しかし指差された本人は不思議そうな顔で頭に疑問符を浮かべていた。

帰宅後、ビデオデッキを引っ張り出してきてテレビに繋ぐ。

これから見るのは俺にとっての宝物……俺がこの手で撮ってきた、娘の成長を録画したビデオだ。

『名前は~?』

『おかざきうしお、6さい』

『将来は、何になりたいかな~?』

『すてきなおよめさんに、なりたい』

『ぐおおーっ!』

「ぐおおーっ!」

映像の乱れと同時に床を転がりまわる。

そんな俺に冷ややかな視線を浴びせながら、汐がため息をつく。

「パパ……そんな昔のじゃないから。一年前のだから」

「素敵なお嫁さん? なれるに決まってるだろう。俺の娘だぞ!」

「ぜんぜん聞いてないし」

「なんだったらパパのお嫁さんになってもいいんだぞっ!」

「あのね、パパ……」

汐がもじもじしている。その照れた姿は何度見ても飽きることはない。

「どうした?」

「……うしろ」

汐が指差す先を振り返ると、そこには涙ぐんだマイワイフがいた。

「朋也くんは……朋也くんは……」

「ぐあっ」

「しおちゃんと結婚するんですねーーっ……!」

涙目のまま、だっ!と走り去ってしまう。

「渚っ! く、くそっ……」

焦った俺はビデオのリモコンを放り出し、勢いよく立ち上がる。

「俺は渚が大好きだーーっ!」

そして間髪入れず渚を追って走り出した。

年々早苗さんに行動まで似てきている渚だが、走るスピードは相変わらずなため、恒例の追いかけっこはすぐに終わりを迎えた。ていうかオッサンを撒いてしまう早苗さんのスピードって一体……。

ともあれ、玄関のところで渚に追いついた俺はいつものように渚を説得(耳元で愛を囁き続ける)し、ふたりで居間に戻ってくる。

「おかえり」

アホアホレースをしている間に、汐が準備を整えてくれていたようだ。一年前のビデオが再生される。

『――先年度優勝校である森川中学を激戦の末に破り、見事全国優勝を手にした緑ヶ丘中学。それではバスケットボール部のキャプテンにインタビューしてみましょう。岡崎汐さん!』

『はいっ』

『優勝おめでとうございます』

『ありがとうございます!』

『今大会初出場にして優勝の快挙! 先ほどの決勝は接戦でしたが、岡崎さんが最後に決めたダンクシュートが決め手となりましたね。決勝点を取った時の気持ちはどうでしたか?』

『あのオフェンスパターンは何度も練習したので、うまくパスを回せてうれしかったです』

『今の喜びをどなたに伝えたいですか?」

『どなた、と言われてもチームのみんなとか監督とか、応援してくれた母とかいっぱいいるんですけど……何よりバスケを教えてくれた父に真っ先に伝えたいです! パパ、あたしパパの夢を叶えたよっ!』

「うしおぉぉーーーーっ!」

汐が満面の笑顔で俺のほうに手を振ったところでビデオを一時停止して悶絶する。

くそぅ、何度見てもここは泣けるぜ。失った夢を娘が叶えてくれるなんて、あの頃の俺には想像もできなかっただろう。

「パパ、そろそろいい?」

「……ああ、もう落ち着いた」

「じゃあ再生します」

この場面を見るたびに俺が大騒ぎしているため、汐も渚も慣れた様子だ。渚がリモコンのボタンを押して再生する。

『緑ヶ丘中学キャプテン、可愛い髪留めがよく似合う岡崎汐さんでした!』

『可愛い髪留め!? ほんとっ?』

『え、ええ……とても可愛らしいですね』

『わかる? わかります? これ、あたしのお気に入り、だんご大家族のヘアゴムなんですよっ!』

『……だんご大家族?』

『だんご大家族ですよだんごっ! 当然知ってますよね!?』

『……えーっと……あはは』

『テレビの人なのになんで知らないの!?』

『す、すみません……』

「キャラ変わりすぎだよな、おまえ。あの人、めちゃくちゃびびってたぞ」

「だってさぁ……」

渚譲りの、だんご大家族を語る際に発揮される饒舌かつ熱弁。自分のことよりもだんご大家族のことを熱く語る娘の姿に、出会った頃の渚の姿が重なる。

「どうしましたか」

「いや、昔の渚にそっくりだな……と思ってな」

「えっ、なになに? 昔のママって? あの坂でふたりが会ったばかりの頃?」

「おう、あれは確か……演劇部の部活説明会の練習をしてた時の話だ……」

「や、やめてください朋也くんっ。その話はダメですっ」

思い出話に花を咲かせている間も、映像の中の汐はだんご大家族について熱く語り続け、リポーターを困惑させていた。

おもちゃ屋のオヤジが言っていたのは、おそらくこのことだろう。汐の熱いだんご大家族トークが全国に放送されたことによって、だんご大家族ブームが再燃し始めたようだ。

それが渚にとって嬉しいことなのか……いや、嬉しいことなのだろう。長年連れ添ってきたんだ、それくらいはわかる。そしてその喜びを分かち合う、それが家族ってもんだ。

今年の俺の方針は、これで決まった。

***

「毎度ありっ! また来てくれよっ」

そして渚の誕生日当日。

俺はあの商店街のおもちゃ屋でだんご大家族クッションを買ってラッピングしてもらい、帰路につく。

いつもこの日は一大イベントと言っていいほど毎年苦労してだんごを手に入れてきたため、今年は拍子抜けで物足りなく感じる。愛する妻への贈り物が、こんな簡単に手に入っていいのか?という気持ちもある。

しかし俺がどう感じるかは問題ではない。問題は贈る相手――渚がどう感じるかだ。そして、そんなことはもう分かりきっていた。

『そんな……古いことなんて関係ないです。可愛いものは、いつ見たって可愛いはずです』

『わたしの中では今も可愛いんですけど……』

『だんご大家族、ダメなんでしょうか……』

『だんご大家族なんて、みんなもう欲しくないんですよね……』

出会ったあの頃ですら廃れてしまっていただんご大家族がずっと好きだった渚。

俺はその渚を好きになり、いつの間にか渚が好きなだんご大家族も好きになっていた。

そして俺と渚の娘、汐がきっかけとなって、だんご大家族が好きと言ってくれる人が増えてきたのだ。渚にとって、これほど嬉しいことはないだろう。

何もかも変わらないものはない。

だからこそ、変わってしまったものが再び変わることだってある。

俺はその変化を嬉しく思いながら家路を急いだ。

――終わり。

~おまけ~

「渚、誕生日おめでとう」

「ありがとうございます」

「今年のだんごはこれだっ」

「これは……クッションですか」

「ああ。弾力があって快適に座れそうだぞ」

「座りませんっ。だんごがかわいそうですっ」

「いや、クッションってそういうもんだからな」

「だんごは座るものじゃないです。抱いてあげるものです。なので朋也くん」

「まさか……」

「はい、ぜんぶ抱いてあげましょう。大家族です」

「さすがに十九個は無理だろ……」

「わたしも手伝います」

「あたしもっ」

「……わーったよ、やってやるっ」

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感想などをお題箱で伝えてくれたら嬉しいです!

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関連SS

後書き

空前のだんご大家族ブーム再び? というわけで通算5作目の渚誕生日SS、今回は「だんご大家族クッション」が発売されるのを見て思いついたネタを膨らませてみました。来年は今回ちょこっと触れた東北冒険編か!?

さて秋生化が進む朋也と早苗化が進む渚、そんなふたりのボケツッコミを受け継いだ汐……と岡崎家の日常がメインとなりましたが楽しんでもらえたら嬉しい。