「もしよろしければっ……風子のお友達になってくださいっ」
勇気を出してヒトデを渡したあの日から幾星霜……
……いえ、そんなに日にちは経ってませんでした。
ちょっと格好つけてみたかっただけです。
ともかく風子は、演劇部の部員として毎日を元気に過ごしていました。
部員と言っても、風子は演劇について何ひとつ知らないので、そこは先輩方にお任せすることにします。
……なんて思ってたんですけど、部長さんも他のヘンな先輩たちも演劇のことを何ひとつ知りませんでした。ぷち最悪ですっ。
なので、現状は演劇部というより演劇っぽい杏仁豆腐部といったところでしょうか。風子にもよくわかりません。
今回はそんな風子と演劇っぽい杏仁豆腐部(長いので以下、豆腐部と呼称します)の愉快な仲間たちのお話です。
☆春風のステップ
「どうでしたか、朋也くん」
黒板前の壇上という名の仮想舞台で一人芝居をしていた豆腐部部長の渚さんは、一通り芝居を終えると彼氏さんであるヘンな岡崎さんに感想を求めました。
自慢じゃないですが風子、さっきの芝居が一体なにを演じていたのかさっぱりわかりません。豆腐部だから豆腐でしょうか。よく豆腐の角に頭をぶつけると言いますが、角に頭をぶつけるほど大きい豆腐は作るのが難しいのではないでしょうか。ヒトデ形の豆腐なら角も強力だと思います。
「ああ、最初の頃より随分良くなったな」
「そうですかっ。うれしいです、えへへ」
最初の頃との違いも風子にはわからないのですが、そこは彼氏であるヘンな岡崎さん(だんだん面倒になってきたので以下、ヘン崎さんと呼称します)、風子には見えない何かを感じ取ったようです。
ヘン崎さんに褒められた渚さんはとてもうれしそうです。風子もなんだかうれしくなってきました。
我が豆腐部――と言っても風子のものじゃありませんが――は部員四名で構成された少数精鋭部隊ですが、演劇っぽいことをするのは部隊長の渚さんだけだったりします。ヘン崎さんと髪の色がヘンな春原さん(面倒なので以下、ヘン原さんと呼称します)は戦力外です。
風子はヒトデ芝居ならやってみたいと申し出たのですが、モースト・ヘンな人コンビに却下されました。ヘン原さんが言うには、後輩というものは先輩の無理難題にも黙って頷かなくてはならないそうです。なんとなく納得してしまったので、風子は仕方なく妙案を引っ込めました。そんなわけで風子も戦力外です。
そんな戦力外豆腐の三名ですが、部長の渚さんは居てくれるだけでうれしいと言ってくれるので最低限の存在意義は保たれました。コンセプトは『和み』です。
☆
さて、一区切りついたところで今日の豆腐部の活動は終了です。
「ふむ……」とゆっくり頷いた顧問の幸村先生が部室を出ていきます。
ここまで一言もセリフを発していないので存在感が希薄な先生ですが、おねぇちゃんが言うにはとても厳しくて強い人だそうです。風子、叱られたりちぎったり投げられたりするのかとずっとびくびくしてましたが、ぜんぜんそんなことはありませんでした。すごく優しいです。
おねぇちゃんから聞いた話と違って最初は戸惑いましたが、それはやはり「あなたはこの私のことを雰囲気や仕草だけで判断してしまいましたね」ということなのでしょう。油断してたらやられます。風子は違いのわかる子なので、先生と話す時はなるべく隙を見せないようにずっと気を張っています。
それに先生は風子たち豆腐部だけじゃなくて、合唱部の顧問もしています。ふたつも部活の顧問をしている先生は風子見たことがないので、やっぱりおねぇちゃんの言う通りすごい先生だと思います。
そういえば一度だけ合唱部の活動を渚さんたちと一緒に見学したことがあるのですが、風子が思っていたのとだいぶ違いました。風子、ひねったりちぎったり投げたりするんだとばかり思ってましたが、『合掌』ではなく『合唱』なのだと合唱部の部長さんに言われました。衝撃の新事実です。
そろそろ話を戻します。
部室の後片づけをして、風子たちも下校することにしました。
校舎を出て長い坂道を下っている途中、隣を見上げると何か落ち着かない様子のヘン崎さんが遠くを見つめています。
「どうしましたか、岡崎さん」
「いや、明日は日曜だなぁ……と思ってさ」
「風子、また水族館に行きたいです……」
言いながら風子は、夏休みの思い出に浸っていきました。一夏のホットロマンスです。
夏休みに豆腐部のみんなや部長さんのご家族と一緒に電車に乗って海沿いの町まで遊びに行ったのですが、その日はこれ以上ないくらい楽しい一日でした。
水族館では、たくさんのヒトデたちが水槽いっぱいに張りついていました。それはもう美しい光景で、風子は一時間以上見入っていました。
水族館の後は海にも行きました。ヘン原さんを砂浜に埋めたり、いつの間にか風子が埋められたりしました。渚さんと一緒に綺麗な貝殻を拾いました。ヒトデも見つけました。
「風子ちゃん、明日は僕とデートしようぜ」
帰り際、ヒトデさんがそう言いました。
風子はヒトデさんと手を取り合って、砂浜をスキップで駆けていきました。
――めでたし、めでたし。
☆
………………。
…………。
……。
「……はっ」
「ん? 気がついた?」
いつの間にか風子、ヘン原さんにおんぶされてましたっ!
しかも風子にはおんぶしてもらった記憶がありません。これは由々しき事態ですっ。
風子は今、奴の能力をほんのちょっぴりですが体験しました。
い、いや……体験したというよりはまったく理解を超えていたのですが……。
あ、ありのまま今起こったことを話しますっ!
『風子はヒトデさんとデートの約束をしたと思ったら、いつのまにかヘン原さんにおんぶされていた』
な、何を言っているのかわからないと思いますが、風子も何をされたのかわかりませんでした……。
頭がどうにかなりそうでした……。
催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてない……
もっと恐ろしいものの片鱗を味わいました……。
「んーーっ! 離してくださいっ」
「うわっ、こら、暴れんなって」
風子はじたばたと手足を振ってヘン原さんを振りほどくと、懐からヒトデを取り出し、その黄色い後頭部へ向けて必殺技をお見舞いしました。
「ヒトデの力を借りて……今、必殺の……すた~ふぃっしゅ・あたっく!」
「いたいいたいいたい!」
「シャリバン・クラッシュ!」
「それ、なんか違うよね!?」
「細かいことは言いっこなしです!」
「ぎゃあああぁぁーーーーーーっ!!」
怪人ヘン原さんは断末魔と共にその場に崩れ落ちました。風子の勝利です。
「いつつ……」
「まさか春原さんが変態誘拐魔だとは思いませんでした。最悪です」
「誰が変態誘拐魔だっ!」
「いつの間にか風子を知らない場所に連れ込んでました」
じっちゃんの名にかけて、ヘン原さんをびしっと糾弾します。
「そりゃ、あんたがぼーっとしてたからだよっ」
「風子、ぼーっとしてないです。どちらかというとしゃきっとしてます」
「どこがじゃっ」
とぼけても風子の目はごまかせません。風子は周囲を鋭く観察すると、いつの間にか渚さんとヘン崎さんもいなくなっていることに気がつきました。
「ところで、渚さんと岡崎さんはどうしましたか」
「あのふたり、明日は用があるんだってさ」
「そうなんですか。初耳です」
「あのふたりのさっきの態度見てりゃ丸わかりだって。ありゃデートだな」
「さっきは風子、ヒトデのことばかり考えてたので気がつきませんでした」
「それでまたぼーっとしてたのかよ……」
「ぼーっとしてません」
そこで風子は思い出しました。
デート。風子が果てしなき大海原に思いを馳せていた頃、そんな言葉を聞いたような気がします。
確かそれは『明日、風子とデートする』という約束でした。ですが風子はヒトデさんとしかそんな約束をした覚えはありません。
「もしかして、それでさっき明日は風子とデートするとか言ったんですか」
「まぁね。こうでも言わないとあいつら気を遣うだろ。そんなわけだからさ、たまにはふたりきりにさせてやろうぜ」
「わかりました。でもそれで風子がヘン原さんとふたりきりになってしまうのはとても危険だと思います。モースト・デンジャラスです」
「どういう意味だよっ。ていうかヘン原って何!?」
うっかり面倒略称を口に出してしまいました。
ヘン原さんがすごい形相で詰め寄ってきます。口には出しませんがかなり不気味ですっ。
「むちゃくちゃ口に出してるんだけど……」
「ですが、後輩は先輩の無理難題にも黙って頷かなくてはなりません。なので、明日は春原さんに付き合ってもいいです」
「ほんとっ? ラッキー! って何喜んじゃってるんだろうね、僕。ははっ」
「ちなみに風子、初めてのデートですので、明日は風子をヒトデできらびやかにしてください」
「ヒトデできらびやかって無理だろ。つーか、そんな金ないから」
「甲斐性なしですっ」
☆☆☆
日曜日はとてもいい天気でした。
絶好のデート日和と言っても過言ではないでしょう。デートしたことないのでよくわかりませんが。
そんな日和でしたので、風子はいつも通り遠慮なしにがーがー寝てました。
おねぇちゃんも起こしてくれなかったので、すっかり寝過ごしてしまいました。やばいくらいに遅刻ですっ。
息を切らせた風子が待ち合わせ場所に辿り着いた時には、すでにヘン原さんは手持ち無沙汰でその場所に突っ立っていました。
その姿を目の当たりにした風子は、佐々木小次郎を散々待たせた宮本武蔵のように申し訳ない気持ちになってきました。かといって、ここで「ヘン原さん、敗れたり!」と言っても怒らせるだけです。
風子はこの日のために得たデート知識の中から適切な言葉を選び出すと、ヘン原さんのところに寄っていきました。
「風子、今来たところです」
「そりゃ、見ればわかるよ」
反応が薄いです。
風子、何か間違えたのでしょうか。デートの待ち合わせで、女の子の第一声はこんなセリフだと思っていたのですが。
「寝坊しました。すみません」
「むちゃくちゃ正直だよね、君。まぁ、そんなこったろうと思ってたけど」
「まったく、風子も見くびられたものです」
「遅刻してきて偉そうっすね!」
「それに関しては何も言い返せないです……」
「まぁいいや。いつまでもこんなところに突っ立っててもしょうがないし、早くどっかいこうぜ」
「わかりました。ヘン原さんに……ではなく、髪の色がヘンな春原さんにお任せします」
「それ、いちいち言い直す意味あるんすかねぇ……」
☆
ヘン原さんの後をついて商店街をしばらく歩いていると、外まで店内の音が聞こえてくる場所でヘン原さんが立ち止まりました。
間違いありません。ここは風子もよく知っている場所です。
「デートと言えばゲーセンだよねっ!」
「風子もそう思いますっ!」
風子は力強く同意しました。
珍しくヘン原さんと意見が一致したようです。
実を言うと風子、ゲームには結構自信あります。風子が今、肩にかけているヒトデのポシェットもクレーンゲームで取ったものです。
「おっ、これこれ」
店内へ入ると、さっそくヘン原さんが近くに設置されたゲーム台へ駆け寄っていきました。風子もその後に続きます。
「これは……DJの音ゲーですか」
「そうそう、『Angel Beats Mania』っていう最新のやつ。ボンバヘッがないのが不満なんだけどさ」
「三木道三はないですかっ」
「さぁ、どうだろ。前に三木道三の格好でこれやってる奴ならいたけどね……。もしかして好きなの?」
「風子、本物に会ったことあります」
「へぇ……なかなか渋い趣味してんね」
ヘン原さんは財布から硬貨を取り出すと、コイン投入口に差し入れました。マジックテープ式の財布をバリバリ言わせるヘン原さんのほうが渋い趣味していると思います。
「僕の華麗なスケラッチ、見せてやるよ。惚れるなよっ」
「風子が先にしたいですっ」
「じゃあジャンケンしようぜ。勝ったほうが先な」
「わかりました、受けて立ちましょう。容赦はしません」
風子たちはさささっと間合いを離して、臨戦態勢に入りました。
「風子が号令かけていいですか」
「お好きに」
「それではいきます……最初はチョキ!」
風子は号令をかけると同時にグーを出しました。風子の裏技が炸裂です。
見るとヘン原さんは……パーを出していました。
「へっ、甘いぜ。風子ちゃん」
「んーっ。春原さん、ずるいです!」
「君に言われたくないね」
風子の裏技が破られました!
髪の色はヘンですが、ヘン原さんはなかなかの切れ者のようです。きっと毎日、ジャンケンの裏を読む特訓をしていたに違いありません。
「今のは練習なのでノーカウントです」
「何言ってくれちゃってるかなぁ、この子は。男なら一発勝負だっての」
「風子は女なので無効ですっ」
数回に渡る風子の異議申し立ての結果、最後のジャンケン勝負で雌雄を決することになりました。
「じゃーんけーん……」
「ぽんっ!」
ふたり一緒に号令をかけて、出したその手は……
風子はチョキ。ヘン原さんは……グーでした。
「よっし、また勝った!」
そのままぐっとガッツポーズを決めるヘン原さん。風子はその握りこぶしをチョキで挟み込みます。
「ん、んっ」
「何やってんの?」
「風子のチョキは石をも砕きます。なので風子の勝ちです」
「いや、ぜんぜん砕けてねぇし。つーか何のネタだよっ」
またしても風子の裏技が破られました!
ヘン原さんはそのヘンな髪の色が示すように要注意人物だったようです。風子もびっくりの新事実です。
「とにかくっ、僕が先な」
「仕方ありません。後輩は先輩の無理難題にも黙って頷くものですから、ここは我慢します」
「なんかそれ、僕が悪いみたいな言い方だよね……」
風子というギャラリーを背負って筐体に向かい、張り切ってゲームスタートしたヘン原さんでしたが、結果から言うと散々でした。見るも無残な得点です。というか0点は『得点』ではないと思います。
「なんだよこれっ! 僕のビートがわからないなんて、壊れてんじゃねぇの?」
「風子、春原さんのビートはツービートだと思います」
「いや、意味わかんないからさ……」
自分の腕を棚に上げてゲーム画面に八つ当たりするヘン原さんでしたが、そこは大人の風子がなだめて事無きを得ました。
次は風子の番です。お小遣いはおねぇちゃんにもらっていたのですが、ヘン原さんが風子の分までお金を入れてくれたので、ここは後輩として厚意に甘えることにします。
…………。
……選曲ミスでした。やっぱり三木道三がないのはおかしいですっ。
「もう音ゲーはやめやめっ。男ならやっぱり格ゲーだよねっ!」
「風子は女ですけど激しく同意しますっ!」
またしても珍しく意見が一致した風子たちは、ビデオゲームコーナーへと移動することにしました。
「対戦しようぜ!」
「その勝負、受けて立ちますっ」
すっかりノリノリになった風子たちは対戦台にそれぞれ着席すると、お互い使用キャラクターを選びました。
ちなみに風子が選んだキャラクターとヘン原さんが選んだキャラクターはライバル同士という設定なので、対戦は俄然盛り上がります。
ばばんと対決デモが表示されて、いよいよ対戦スタートです!
「どうだっ!」
「なかなかやりますっ」
一進一退の攻防が続き、勝負は最終ラウンドに突入しました。
風子たちの熱い戦いにギャラリーも増えてきて、場はますますヒートアップです。
ふたりともライフゲージが残り少なくなってきました。タイムも残りわずかです。ここで風子は最後の勝負に出ました。
「かー……めー……はー……」
風子は気合いを入れながらぐりぐりとレバーを動かし、超必殺技のコマンドを入力します。
その動きを察したヘン原さんが間合いを詰めてきました。やばいです! 風子の超必殺技はジャンプで避けられたら隙だらけになってしまいますっ。ですが今さらコマンド入力は止まらないので、風子は意を決して超必殺技を放ちました。
「メェ――――ッ!」
「そこで撃っちゃうのかよっ!」
ゲーム台越しにヘン原さんの声が聞こえると同時に、どかーん!と風子の超必殺技がヒットして勝負あり。どうやら避け損なったようです。
「やりましたっ」
「くそぅ……あんなしょうもない手に引っかかるなんて……」
風子に負けたヘン原さんはとても悔しそうにしてましたが、さっきの対戦なら風子負けても楽しかったと思います。使用キャラの言葉を借りるなら「いい試合だった。また風子と戦ってくれ」といったところでしょうか。
その後もいろんなゲームで遊びましたが、全力で遊びすぎたからか風子お腹が空いてきました。それはヘン原さんも同じだったようで、お腹の虫がぐうぐう鳴ってました。風子は大人なので決してお腹が鳴ったりはしていません。それだけははっきりと主張しておきます。
店の時計を見るともう昼の1時を回っていたので、名残惜しいですがゲームセンターを後にして昼食を取ることにしました。
「何食う?」
「デートで男の人がそんな発言をするのはどうかと思います」
「ああ……そういやデートだっけ、これ」
「またしても失礼な発言です!」
「いや、悪い意味じゃないって」
「風子、ハンバーグが食べたいですっ」
「その発言もデートとしてはどうかと思うけどね……」
風子のリクエストに応えて行きつけの店に連れていってくれるというヘン原さんに、風子はうきうきしながらついていきました。
……が、ヘン原さんに期待した風子が馬鹿だったようです。
「ワンコインでセットが頼めて世のサラリーマンの懐に優しいことで有名な全国チェーン店ですっ!」
「すげぇ説明的ですよねっ」
「風子はハンバーグが食べたいと言ったんですっ」
「ハンバーガーもハンバーグじゃん」
「違いますっ。もっと、こう……冷めない鉄製のお皿に載って出てくるあれですっ」
風子は懸命に説明しましたが、ヘン原さんにはわかってもらえませんでした。究極と至高のメニューレベルに話が合いませんっ。
「これから探しても時間かかるしさ、もうここでいいでしょ。風子ちゃんもさっきから腹が鳴りっぱなしだし」
「鳴ってません」
お腹は鳴ってませんが、ヘン原さんの言う通りお腹はぺこぺこで今にも背中とくっついてしまいそうです。まさしく「背に腹は変えられない」といった感じです。
「僕がオーダーしてくるから、風子ちゃんは席取っててよ。何にする?」
「んんんーー……」
風子は葛藤の末、悟りの境地に達しました。
「ハッピーセットでお願いしますっ!」
………………。
…………。
……。
「どんな羞恥プレイだよっ」
店内ではずっと無口だったヘン原さんが、店を出るなり口を開きました。
「ふぅ……。風子、お腹ぽんぽんです」
「すごく満足そうですねぇ!」
ヘン原さんはなぜか不機嫌そうでしたが、ハッピーセットでポケモンゲットした風子はとてもご機嫌でした。
☆
「ない……ない……」
「何がですか」
「ボンバヘッのCDがなーいっ!」
「そうですか」
次に風子たちが寄ったのはCD屋さんでした。
ヘン原さんはさっきから店の外に置かれたワゴンを漁っています。ボンバヘが好きなら、そのCDがワゴンで投げ売りされてると考えるのは間違いだと風子思います。
「好きな曲なのにCD持ってなかったんですか」
「カセットテープなら持ってたんだけどさ、岡崎の奴がダメにしちゃったんだよね」
「ヘンな岡崎さんのやりそうなことです」
「でしょ?」
またしてもヘンなところで意気投合する風子たちでした。
「妹が作ってくれた芳野さんのベストも壊しちゃうしさ……」
「祐介さんですか」
「あ、そういや芳野さんって、風子ちゃんにとってはお兄ちゃんなんだよな。すげぇじゃん!」
「よくわかりませんが、祐介さんってすごいんですか」
「ああ、すげぇよ。妹が大ファンなんだけどさ……」
風子にはやっぱりよくわからないお話でしたが、祐介さんのことを語るヘン原さんがとてもうれしそうだったので風子もうれしくなりました。
結局ヘン原さんご所望のCDは見つからず、風子たちは商店街の入り口、駅前までやってきました。
ヘン原さんはまだまだ元気ありあまりまくりの様子でしたが、風子はちょっと疲れてきたようです。
風子はベンチに腰掛けて、近くで鳩を追い回しているヘン原さんの様子を眺めていました。
こうして木々を揺らす風の音に耳を傾けていると、風子は風子の居場所を感じることができました。とても落ち着いた気分です。
こっくり、こっくりと、頭が揺れてきます。
瞼が徐々に重くなってきました。
………………。
…………。
……。
☆☆☆
「……ふぅちゃん」
「ん、んん……」
次に風子が目を開けた時、目の前にはヘン原さんではなくおねぇちゃんが立っていました。場所も駅前ではなく風子の家でした。いわゆる瞬間移動というやつでしょうか。
「風子、ニューパワーに覚醒しました」
「もう、またわけわかんないこと言って……寝ちゃったふぅちゃんを春原さんが家まで負ぶってきてくれたんだよ」
「風子、寝てしまってたんですか」
「ぐっすり眠ってたよ。春原さんの背中は寝心地いいみたいだね」
「そんなことはありませんっ。ですがデートの途中で寝てしまった風子にも非はあるので強くは言えません」
「春原さんにはお礼を言わなきゃね」
「はい。明日会ったら、勘違いしないでよねっ!と言っておきます」
「ふぅちゃん……それ、お礼じゃないよね?」
「大丈夫です」
「何が大丈夫なのかおねぇちゃんわからないけど、お礼はちゃんと言わなきゃダメだよ」
「任せてください」
「本当に大丈夫かなぁ……」
相変わらず心配性のおねぇちゃんです。
でも風子はもうおねぇちゃんに心配をかけたくありません。おねぇちゃんが安心できるように、風子はもう一度大きく頷きました。
こうして風子は今日、デートというものを経験し、大人の階段を一歩も二歩もジャンプアップしました。
昨日までの風子は大人っぽくてもどこか子供でしたが、今日からは紛れもなく大人です。身体は小さくても大人です。高校生で未成年なのに「頭脳は大人」とか言っちゃう人より大人です。
もう子供料金で電車に乗ることもないでしょう。子供料金で映画館に入ることもないでしょう。それくらい大人です。
後日。
ヘン原さんにまたどこかへ連れていってほしいと願い出たところ、子供のお守りはごめんだと言われました。最悪ですっ。
――めでたし、めでたし。
-----
感想などをお題箱で伝えてくれたら嬉しいです!
---
☆後書き
「朋也と渚が恋仲だった場合の風子エピローグ後」の風子と春原の話~。
風と月の輪舞曲の後書きでも書きましたが、風子の私的解釈として「頭の回転が早すぎて人に合わせられないような性格」となっております。朋也に対する素早い反論などから推測。
学力や知識的な意味での賢さは、少なくとも町一番の進学校に合格できるくらい、です。私学なので一教科くらいなら壊滅的でも大丈夫でしょう。どちらかというと数学が苦手で「随想」は読めないけど。
それはさておき、風子グッドエンド後は渚が学校にいるので、仁科・杉坂コンビの提案を受けて演劇部が復活。風子も入部している。と、こんな幸せがあってもいいよねっ……な話です。
そして春原とのデートですが、言うまでもなく遊んでばかりでデートらしいことはひとつもありません。でもそのほうがふたりらしいかな、とか。