「おめでとう!」
「おめでとー!」
「おめでとうっ!」
たくさんの祝福の言葉を受けながら、新郎新婦が姿を見せる。
純白のウェディングドレスに身を包んだお姉ちゃんは、とても綺麗だった。
長い間ずっと一緒にいた僕だけど、こんな幸せそうな顔を見たのは初めてだった。
「おめでとう、お姉ちゃん……」
バージンロードをゆっくりと歩くその眩しい姿を見上げて、呟くように祝福の言葉を告げる。
ライスシャワーの雨の中を、お姉ちゃんはまっすぐに歩いてきた。
「来てくれたんだね……勇」
「……うん」
思わず目を逸らす僕の頭に手を載せるお姉ちゃん。
そして、僕の後ろに立つその姿に気づく。
「有紀寧……」
「おめでとうございます」
「あんたが勇を連れてきてくれたんだね……ありがとう」
お姉ちゃんが家を出て一年。
お父さんもお母さんも、お姉ちゃんのことは話してくれなかった。
あなたはお姉ちゃんとは違う。ちゃんと学校行って勉強をしてまともな人間になるのだ。
そう言われ続けてきた。
信じたくなかった。大好きなお姉ちゃんがそんなふうに変わってしまったことを。
僕はその原因を探り、この人……有紀寧さんと出会った。
そしてお姉ちゃんが何も変わっていないことを知って、安心した。
「弟よっ、おまえの姉ちゃんは俺が必ず幸せにするからな!」
「う、うん」
お姉ちゃんに続いて、窮屈そうにタキシードを着た金髪のお兄さんが僕の頭を撫でてくれる。
思えばこの人が原因だった。
この人がお姉ちゃんと付き合い始めたことで、僕は有紀寧さんと出会うことができた。
そして今、この結婚式に集うたくさんの人たちがふたりを祝福しているのを見て、お姉ちゃんがこの人を選んだのは間違いじゃなかったんだと思った。
「勇、父さんと母さんは……?」
「…………」
周囲を見回したお姉ちゃんの問いに、僕は俯くことしかできなかった。
そして、その沈黙が答えだとお姉ちゃんにはすぐにわかったみたいだった。
「そっか……やっぱり認めてくれないか……」
幸せいっぱいだったお姉ちゃんの表情が曇る。
僕も悲しかった。
「でもね、勇がわかってくれただけでお姉ちゃんは嬉しいよ」
顔を上げると、昔と変わらない大好きなお姉ちゃんの笑顔がそこにはあった。
「それじゃ、いくよーっ!」
僕たちから少し離れた場所で後ろを向いたお姉ちゃんが、ブーケを構える。
「みんな、今日はありがとう!」
お姉ちゃんの手から放たれた真っ白なブーケが空を舞う。
それは曲線を描くようにゆっくりと落ちてきて、やがてひとりの女の人の手の中に落ちた。
♪CLANNAD 10years after ~勇~
あれから長い月日が過ぎ、小学生だった"俺"も大人になった。
有紀寧さんと出会ってから十年が経とうとしている。
いつからか俺も、あの人の作った輪の中に入っていて……
荒っぽいけど気の良い人たちと一緒に馬鹿をいっぱいやって……
そしていつからか……あの人を――有紀寧さんを一番近くで見ていたい、そばで支えたいと思うようになっていた。
春と言うには少し遅く、夏と言うにはまだまだ早い……そんな、曖昧な季節。
その日は朝から快晴で、雲ひとつない青空が広がっていた。
そしてその日は……有紀寧さんにとって一年に一度の大切な日だった。
なのに俺は今、前日やらかした痛恨のミスに気づき、現場に向けて全力で走っていた。
「はぁ、はぁ……」
現場に着いた頃には息も足も限界だった。
そして案の定、仕事場の先輩――岡崎さんは、俺がやらかした場所の作業をしていた。
「す、すんませんでした!」
俺は息を切らしながら、頭を深く下げる。
「おまえ……わざわざ走ってきたのか?」
「は、はい、俺のミスです! すみません!」
「いや、これは俺のミスだからな。俺がやらせてもらう」
「そ、そんなっ、お願いですから、後始末を……責任を取らせてください!」
俺はただ頭を下げていた。
悔しくて、情けなくて、泣き出したいくらいだった。
「やっぱおまえ、俺に似てるな」
「え……?」
「俺もさ、ここで働きだした頃にやらかしたことがあるんだ。初めてひとりで作業を任されて、それで次の日、失敗に気づいて現場まで走っていったんだ。今のおまえみたいにな」
「……」
「その時、先輩に教えられたことがある。『いつかおまえにも新人がつくだろう。その時、その新人がミスをしたならおまえがフォローしてやれ』ってな。だから俺はそうしてるだけだ。やっと恩を返せる時が来たんだからな」
「で、でもっ!」
「……わかった。気の済むようにしろ。そうでないと彼女に顔向けできない……だろ?」
心を見透かされたみたいだった。
電柱から下りてきた岡崎さんの子供みたいな笑顔に、俺は大きく頷く。
「は……はいっ! 俺、やります!」
「じゃあ38のラッピング、12センチ……難燃な」
「斜ニッパも取ってきましょうかっ?」
「ああ、頼む」
俺の尊敬する先輩、岡崎さんがミスをしたということ自体が信じられないことだが、その岡崎さんが若い頃に受けた恩を返すために俺のミスを助けてくれている……。
その事実は、俺にある人の言葉を思い起こさせた。
『人のためも、自分のためも同じことです。すべては自分に戻ってくるんですから』
『くるくると回ってるんです』
いつか俺も、同じようにしてこの恩を返していきたい。
そう、強く思った。
汚れた作業着を着たままの俺が仕事を終えてそこに辿り着いた時、彼女はひとりだった。
墓前の線香立ていっぱいに供えられた線香が白い煙を立ち昇らせていた。
彼女は空を見上げていた。線香の白い煙を見送るように。
その寂しそうな背中を見ていると、言いようのない衝動が湧き上がってきた。
あれこれと考える前に体が動いていた。
彼女を背後からそっと抱きしめる。
「……」
「勇くん……」
少し驚いた彼女だけど、そのままの体勢でいてくれる。
「来てくれたんですね……今年も」
「ごめんなさい、有紀寧さん。また遅刻……しました」
ずっとこうしたかった。
こうして、もっと近くで見ていたかった。
これまで俺を支えてくれた年上のお姉さんを支えたかった。安心を与えたかった。
いつの間にか背も追い抜き、大人になった今、俺は本気で彼女を好きだと思えるようになっていた。
「……」
俺は目を閉じると、会ったこともないその人に、心の中で今の思いを告げる。
あなたの妹は、あなたの大切な友達と一緒に今も強くまっすぐに生きています。
いつからか僕も、その輪の中に入っていて……
いつからか一番近くで彼女を見ていたいと思うようになっていました。
いつもはちゃらんぽらんな僕ですが、この思いだけは真剣です。
どうか、見守っていてください。
「勇、てめぇ……」
目を開くと、目の前に屈強な男たちの姿があった。
その憤怒の表情を見たら地獄の鬼も逃げ出すんじゃないかってくらいに、抜け駆けした俺に激怒していた。
「こ、こんちは……」
尻込みした言葉とは裏腹に、不思議と心は穏やかだった。
俺が彼女のそばにいることを望む限り、いつかは訪れていた瞬間だからだろうか。
あの結婚式の日、お姉ちゃんの投げたブーケを受け取った有紀寧さんに言った自分の言葉が脳裏に浮かんでいた。
『次は有紀寧、あんたが幸せになる番だよ』
『でも、わたしは……』
『僕が有紀寧お姉さんを幸せにするよ!』
『勇……』
『勇くん……』
『てめぇ、いい度胸じゃねぇか! 死にたいらしいな』
『小学生相手に凄むなよ、蛭子』
あの頃から俺は命知らずだった。
そして今も、命がけの告白をしようとしている。
俺は深く息を吸って、思いの丈をすべて吐き出すように叫んだ。
「――――ッ!」
そして闘いは始まった。
俺にとっては避けて通れない闘い。
彼女を支えて生きていくために、越えなければならない壁。
俺は覚悟を決めて、彼女の大切な人たちに全力で俺の思いをぶつけた。
そして……
*
「おはようございますっ、昨日はすんませんでした!」
「おう、おはよ――って、なんだその顔!?」
次の日。
仕事場で岡崎さんにひどく驚かれた。
頬を張らして顔じゅうに湿布を貼ったこの顔じゃ、無理もない。
前日のミスを悔やんで自己嫌悪に陥っていた俺は、そんな当たり前のことにも気がつかなかったのだ。
車にぶつかったとか嘘ついても、この人には通用しそうもないし……。
「……ぶっ……わっはははっ!」
頭の中で言い訳を考えていると、俺の顔をじっと見ていた岡崎さんが急に笑い出した。
子供みたいに大笑いしていた。
呆然とそれを見ていた俺も、なんだかおかしくなってきて……笑えてきた。
そして、俺も笑った。
心の底から笑った。
こんなに笑ったのは、久しぶりだった。
「そ、それじゃ、今日の現場行くかっ」
「は、はいっ」
その後は何もなかったように、いつも通りだった。
俺は、自分が見つけたこの場所で懸命に働く。
社会人としてはまだまだ未熟な俺だけど……少しでも早く一人前になって、あの人を支えて生きていきたい。
そう決意を新たにした、春と言うには少し遅く、夏と言うにはまだまだ早い……そんな、曖昧な季節だった。
――終わり。
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感想などをお題箱で伝えてくれたら嬉しいです!
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♪後書き
CLANNAD10周年記念SS第26弾、勇アフターでした。
CLANNAD MEMORIESにも書いたけど、勇は朋也や春原が有紀寧と関わらなかった場合でも資料室には来ていたはずなので、どの未来でも有紀寧と面識があると想像しています。
これまでに書いたトゥルーエンドアフター系SSにも名前を伏せつつ何度か登場させてたので、今回はその補完をしてみました。