「ここね……」
角を曲がったところで目に入る真新しい建物。
『Ernesto Host』と書かれた看板が見える。
先月オープンしたばかりのファミリーレストラン。私はあるものを求めて、再びここにやってきた。
それの入手は容易ではない。だが、そのために今度こそ、ちゃんと作戦も用意した。
私は今一度、戦いの場へと身を投じるべく一歩を踏み出した。
りえちゃんの可愛くてちょいエロいウェイトレス姿を写真におさめるために……!
♪第2次ウェイトレス激写作戦
「いらっしゃいませー」
「こんにちはっ。先日、面接の電話しました杉坂と申しますけど、土方さんはいらっしゃいますか?」
ずるるぅぅーーっ!
応対に出てきたりえちゃんが床を滑っていった。
「す、すーちゃん……なんで……?」
「そりゃもちろんっ、私も学費くらいは自分で払わないといけないからね」
ぐっ、と親指を立ててみせる。
その様子をぽかんと見ていたりえちゃんだったが、やがて、はぁ……と長いため息をひとつ。
「相変わらず突然だね……すーちゃんは」
そう言って、いつもの可愛すぎる笑顔を浮かべた。
思わず懐のカメラを取り出したくなる衝動に駆られるが、ぐっと堪える。今この場で正面切って激写しても、以前のように没収されるのが関の山だ。
「土方さん、今は事務所にいるよ。私についてきて」
「うん。ありがと、りえちゃん」
りえちゃんの後ろをついてカウンター横の通路を抜ける。
私は言うまでもなく、前を歩くりえちゃんの可愛すぎる後ろ姿を堪能していた。
いつもは腰に届くほど長く、そして美しい奇跡の曲線を描いたウェービーなロングヘアー。その髪を今日は頭の後ろで纏めて、それに巻きつけるように薄い緑色のリボンで結んでいる。俗に言うポニーテールってやつだね。
と、いうことは……あぁ、りえちゃん、今日も寝坊したな。
りえちゃんは朝寝坊して寝癖を直す時間がなかった場合、寝癖をごまかすためにこの手をよく使うのだ。
昔、りえちゃんの家にお泊まりした時、眠い目をこすりながら起きてきたりえちゃんの髪を見て驚いたことがある。それはまるで――コントとかでよく見る――実験に失敗して大爆発を起こした科学者のような姿だった。
寝癖を直すのに一時間以上かけている、と聞いたこともある。朝からシャワーを浴びて髪を乾かしてたら、そりゃ時間もかかるわけだ。うぉぉ、りえちゃんのシャワーシーンを想像したら興奮してきたっ。
「着いたよ。ここが事務所」
りえちゃんの背中をじーっと眺めている間に、目的地へ到着してしまったようだ。
慣れた様子で中に入っていくりえちゃんの後に続いて、開きっぱなしで固定してあるドアをくぐり、事務所へと足を踏み入れた。
「土方さん、今日面接の杉坂さんが来られましたよ」
「杉坂、ですっ。よろしく、お願い、します!」
柄にもなく緊張して声が上ずってしまう。
隣に立つりえちゃんの可愛すぎる笑顔を見て心を落ち着かせ……やば、余計に興奮してきたっ。
「じゃあ私は仕事に戻るから。がんばってね、すーちゃん」
「う、うん、任せてっ!」
ぐっ、と震える親指を立ててみせる。それを見たりえちゃんは、あはは……と苦笑いを浮かべて、今来た方向へ戻っていった。
大学入試で面接を受けた時以上の緊張だろうか。その後も私は、緊張でガチガチに固まった状態だった。
右手と右足が一緒に出てたり、椅子に座るように勧められた際、力みすぎてキャスター付きの椅子ごと後ろに滑ったりしたが、なんとか今週から働かせてもらえるようになった。
これで作戦の第一段階は成功だっ!
***
いよいよ仕事初日。
私は張り切って今日からの職場へと向かった。
「おはようございますっ!」
勢いよく更衣室のドアを開く。
「あ、すーちゃん。おはよう」
「おはようございます、杉坂さん」
すでにりえちゃんと渚さんは着替え中だった。
今日はりえちゃん、寝坊しなかったみたい。ふわふわのロングヘアーが背中で揺れていた。
初めて制服に袖を通す。着替え終わると、なんだか急に気恥ずかしさが湧いてきた。やっぱり露出多いよなぁ。
それと、何やら背中がすーすーすると思ったら、背中も露出していた。
「杉坂さん、今日からよろしくお願いします」
「あ、これはご丁寧に、痛み入ります」
なぜかぺこりと頭を下げあう私と渚さん。りえちゃんがそんな私たちを見て笑う。
「それじゃ行こっか。がんばろうね、すーちゃん」
「うんっ」
一緒にホールへと向かう。いよいよウェイトレスとしての初仕事だ。
初日だからか、私の役割は裏方だった。ホールと厨房と洗い場の中継役。
厨房から渡された料理をカウンター越しのホールスタッフへと渡し、ホールから空になって戻ってきた食器を(空になってないのも結構あるが。もったいない)洗い場へと運ぶ。それを延々と繰り返しているだけで一日が終わった。
ホールスタッフであるりえちゃんや渚さんとは、トレイの受け渡しをリレーのようにしていただけだ。シャッターチャンスどころではない。
ここまで全身を動かし続けたのは久しぶりで、さすがに疲れた。
定時を過ぎ、更衣室で椅子にもたれかかっていると、同じく仕事を終えた渚さんとりえちゃんが更衣室のドアを開けて中に入ってきた。
「杉坂さん、お疲れさまでした」
「どうだった? すーちゃん」
背もたれに頭を載せてぐったりしている私の顔を前屈みで覗き込んでくるりえちゃん。そのほんのりと上気した肌を見て気力がアップした。
「うん、疲れた……。早くウェイトレスがしたい」
「ホールのほうがもっとキツいよ。覚えることも多いし」
そうだろうな。今日見ていただけでも、どれだけ大変なのかよくわかる。ウェイトレスの仕事は、その華やかさとは裏腹にハードな肉体労働であることがよくわかった。その上、接客までこなさなければならないのだ。
私にとって最大の難関が、この接客だった。
りえちゃんや渚さんの場合、普段通りの言動でも十分接客になっている。だが私の場合、普段通りの言動なんてしてしまったら、お客さんは怒って帰ってしまうだろう。うーむ。
一応、お父さんの代わりに店番をしたことはあるけど……うちに来るお客さんは顔見知りばっかりだからなぁ。接客と呼ばれることをした記憶は一度もない。
ちなみに、うちの店一番の常連が渚さんのお父さんだったことを先日の卒業式で初めて知った。私が小さい頃からよく店に来てくれていた人が渚さんのお父さんだったとは……本当に驚いた。この町が狭い田舎だと改めて思ったものだ。
渚さんと歓談しながら服を着替えるりえちゃん。そのまばゆい姿を瞼の裏に焼きつけながら思考を巡らせる。
「明日はホールのほうも手伝ってもらうって言ってたよ。私が一緒について、教えるからね」
「へっ?」
急にこっちを向いて話しかけてきたりえちゃんと目が合う。やば……じっと見てたの、バレたかな……。
「明日は望み通りウェイトレスができるよ、って言ったの。私と一緒に」
「あ、そうなんだ、やったっ!」
こんなに早くチャンスが回ってくるとはっ! よし、明日こそは決めてみせるッ!
私は自分を奮い立たせて、勢いよく立ち上がった。
***
いよいよ決戦の日がやってきた。仕事も激写も気合いを入れて頑張ろう。
「今日は一緒にがんばろうね」
「うん、頑張るよ」
着替えを終え、りえちゃんと一緒にホールに立つ。今日こそ、いよいよウェイトレスとしての初仕事だ。
昨日と同じように、まずは裏方に回る。
客入りが少し落ち着いてきたところで、ついに私にもお呼びがかかった。てきぱきと動き回っているりえちゃんを手伝いに向かう。
「それじゃさっそくだけど、ホットコーヒーふたつと、モーニングセットとストロベリーパフェ。7番テーブルのお客様にお願いするね」
「7番は……あっちの窓際だね」
「へぇ……よく覚えてるね」
「まぁね。この店の間取りは完璧に把握してるよ」
「もう覚えたんだ。すごいね、すーちゃん」
前作戦で激写ポイントを割り出すために得たデータ……などとは口が裂けても言えない。
「いらっしゃいませ、二名様ですね」
次は、店に入ってきたお客さんを席に案内する仕事。目と口の筋肉を総動員させて精一杯の笑顔を作る。
「こちらメニューになります。ご注文のほうは後ほど伺いに参ります」
メニューを渡して、入り口に戻る。時間帯によっては何度も繰り返し往復することになった。
「ご注文はお決まりですか」
そして次は、お客さんの注文を取る仕事。注文端末と呼ばれる電卓みたいなものを使って厨房に注文を伝えるらしい。
「ビフテキ一丁ぅっ!」とか大声で厨房に伝えるのかと思ってた。声の大きさには自信あったのに……残念。
端末の操作自体はそれほど難しくなかったので、隣についてくれているりえちゃんに教えてもらいながら、お客さんの注文を取って回った。
あともうひとつ、会計と精算の仕事があるみたいだが今日は一度も回ってこなかった。
レジならうちので遊んでたから基本的な扱い方はわかる。でもあれ、むちゃくちゃ古いやつだからなぁ。
それにしても……忙しすぎて激写のチャンスがないぃ~。
これじゃ『第2次ウェイトレス激写作戦』じゃなくて、『杉坂のウェイトレス体験記』になってしまうではないかっ!
……などと考えている時間すら、その後はなかった。
そして、今日も一日の仕事が終わる。激写作戦を実行する暇もなく終わる。
私は昨日と同じように、更衣室でぐったりと椅子にもたれかかっていた。
りえちゃんはやっぱり慣れているだけあって、額にうっすらと汗を浮かべつつも疲れた顔は見せていない。昨日と同様、そのほんのりと上気した柔肌を見て気力がアップした。
「どう? 大変だったでしょ」
「まぁね。体力的には慣れれば大丈夫だろうけど……ほんと、覚えることは多いね。あとは接客がなぁ……」
「ちゃんと接客できてたと思うよ」
「でも、ずっと笑顔でいたから、顔が引きつけを起こしそうだよ」
「そんな無理に笑わなくてもいいと思うけどなぁ」
「りえちゃんは普段からにこにこしてるからいいけどさ……私は目つきも悪いし、さすがに普段通りで接客するわけにはいかないよ」
「私だって年中にこにこしてるわけじゃないよ。楽しいから笑ってるの。今日は久しぶりにすーちゃんとずっと一緒で、楽しかったよ」
「り、りえちゃん……」
りえちゃんの、ここ一番の笑顔。辛抱たまらん。魅了された私は思わずカメラをりえちゃんに向けていた。
ファインダー越しのりえちゃんの笑顔がみるみる引きつっていくのを見て、ようやく自分の愚行に気づく。
これは私が悪いんじゃない、りえちゃんが可愛すぎるのが悪い。
……などと言い訳してみても、後悔先に立たず。
「す~ちゃん……それは、何かな?」
りえちゃんの声が震えている。これは怒りゲージも最頂点だ。
皆もむやみやたらと人にカメラを向けるのはやめようね。怒ってカメラを壊されちゃうかもしれないよ。
「さっきから丸聞こえだから。没収ね」
「ああっ、またまたそんなご無体なっ!」
こうして、りえちゃんの可愛くてちょいエロいウェイトレス写真ゲット作戦は、またもや失敗に終わった。
だがしかし! りえちゃんへの愛がある限り、第3第4の激写作戦が始まることだろう!
「それはもういいから」
ふぅ……とため息をひとつ。りえちゃんはいつもの笑顔を私に向ける。
「もう、しょうがないなぁ」
「じゃあ撮りますね」
一足遅れて更衣室に戻ってきた渚さんに頼んで、りえちゃんとツーショットの写真を撮ってもらう。杉坂感激っ!
その後もりえちゃんと渚さん、私と渚さん……と、三人で交替して記念写真を撮る。しまいには通りがかりの早番の人に頼んで三人一緒の写真も撮ってもらった。
「私と渚さんにも焼き増ししてね」
そう言って笑うりえちゃん。その最高の笑顔にカメラを向けて怒られました。
*
後日。焼き増しした写真を手に職場へ向かう。
約束通り、りえちゃんと渚さんに現像した写真を渡す。ふたりとも、とても喜んでくれた。
だいぶ着慣れてきた制服に着替えると、忙しくも充実した一日が今日も始まる。
あの日、三人で撮った写真……。
そこに写っていた私は、りえちゃんや渚さんと同じように、とても楽しそうな笑顔をしていた。
あの時のことを思い浮かべるだけで、自然に笑みがこぼれた。
働き始めたばかりの頃は、無理に笑顔を浮かべていた私。でも、これからは自然に笑っていられる。
動機は不純だったけど、今、私が立っているこの場所……私が自分で選んで手に入れたこの居場所には、大好きな人がいる。
その人のそばにいられるだけで、私は笑っていられる。
ずっと、いつまでも。
「いらっしゃいませっ」
――終わり。
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感想などをお題箱で伝えてくれたら嬉しいです!
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♪後書き
TVアニメCLANNAD ~AFTER STORY~、第14回「新しい家族」のウェイトレスりえちゃんを見た勢いに任せて、再び書き殴ってみました。その割には設定が原作やオフィシャルコミックだったりしますが。
アニメでウェイトレスりえちゃんの出番があったら続きを書くぞ~、と意気込んで、放送前からいろいろと作戦を吟味してましたが、まさかのウェイトレス杉坂登場に、結局今まで考えてたのはぜんぶ没になって一から書き直すはめに……アホすぎる。
オチがぜんぜん思いつかなくて苦労しましたが、楽しんでもらえれば嬉しい!